text:chomonju:s_chomonju713
古今著聞集 魚虫禽獣第三十
713 陸奥国田村の郷の住人馬允なにがしとかやいふ男鷹を使ひけるが・・・
校訂本文
陸奥国(みちのくに)田村の郷の住人、馬允なにがしとかやいふ男(をのこ)、鷹を使ひけるが、鳥を得ずして、むなしく帰りけるに、赤沼といふ所に鴛鴦(をし)の一つがひゐたりけるを、くるりをもちて射たりければ、あやまたず夫鳥(おとり)に当たりてけり。その鴛鴦(をし)をやがてそこにて鳥飼ひて1)餌がらをば餌袋(えぶくろ)に入れて、家に帰りぬ。
その次の夜の夢に、いとなまめきたる女の小さやかなる、枕に来てさめざめと泣きゐたり。怪しくて、「何人のかくは泣くぞ」と問ひければ、「昨日赤沼にて、させるあやまりも侍らぬに、年ごろの夫(をとこ)を殺し給へる悲しみに耐へずして、参りて愁へ申すなり。この思ひによりて、わが身もながらへ侍るまじきなり」とて、一首の歌を唱へて、泣く泣く去りにけり。
日暮るれば誘ひしものをあか沼のまこも隠れの独り寝ぞ憂き
あはれに不思議に思ふほどに、中一日ありて後、餌がらを見ければ、餌袋に鴛鳧の妻鳥(めとり)の、觜(はし)をおのが觜に食ひかはして、死にてありけり。これを見てかの馬允、やがて髻(もとどり)を切りて、出家してけり。
この所は前刑部大輔仲能朝臣2)が領になん侍るなり。
翻刻
みちのくに田村の郷の住人馬允なにかしとかやいふ おのこ鷹をつかひけるか鳥をえすしてむなしく かへりけるにあかぬまといふ所にをしの一つかひゐたり けるをくるりをもちていたりけれはあやまたすおとり にあたりてけりそのをしをやかてそこにてとりかひ てとりかひてえからをはえふくろにいれて家にかへ りぬそのつきの夜の夢にいとなまめきたる女の ちいさやかなる枕にきてさめさめとなきゐたり あやしくてなに人のかくはなくそととひけれはきのふ あかぬまにてさせるあやまりも侍らぬにとしころ のおとこをころしたまへるかなしみにたへすしてま/s554r
いりてうれへ申也この思によりてわか身もなからへ 侍ましきなりとて一首の哥をとなへてなくなく さりにけり 日くるれはさそひしものをあかぬまのまこもかくれのひとりねそうき あはれにふしきに思ほとになか一日ありて後えからを みけれはえふくろにをしの妻とりのはしををのか はしにくひかはしてしにてありけりこれをみて彼馬 允やかてもととりをきりて出家してけり此所は 前刑部大輔仲能朝臣か領になん侍也/s554l
text/chomonju/s_chomonju713.txt · 最終更新: 2021/01/28 19:32 by Satoshi Nakagawa