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text:chomonju:s_chomonju697

古今著聞集 魚虫禽獣第三十

697 文学上人高雄興隆のころ見回りけるに清滝川のかみに大きなる猿両三匹ありけるが・・・

校訂本文

文学上人1)、高雄2)興隆のころ、見回りけるに、清滝川のかみに大きなる猿両三匹ありけるが、一つの猿、岩の上にあふのき伏して動かず。いま二匹は立ち退きてゐた りけり。上人、怪しみ思ひて、隠れて見ければ、烏一両飛び来て、この寝たる猿の傍らにゐたり。しばしばかりありて、猿の足をつつきけり。猿、なほはたらかず。死にたるやうにてあれば、烏、次第につつきて、上にのぼりて目をくじらむとしける時、猿、烏の足を取りて起き上がりにけり。その時、残りの猿二匹出で来て、長き葛(かづら)を持ちて、烏の足に付けてけり。烏、飛び去らんとすれども、かなはず。

さて、やがて川に下りて、烏をば水に投げ入れて、葛の先を取りて一匹はあり。いま二匹は、川上より魚をかりけり。人の鵜(う)使ひけるを見て、魚を捕らせむとしけるにや。烏を鵜に使ふためしはなけれども、心ばせ不思議にぞ思ひよりたりける。

烏は水に投げ入れられたれども、その益(やく)なくて死ににければ、猿どもはうち捨てて山へ入りにけり。

「不思議なりしこと3)、まのあたり見たりし」とて、かの上人語りけるなり。

翻刻

文学上人高雄興隆の比見まはりけるに清瀧川のか
みに大なる猿両三匹ありけるか一の猿岩のうへに
あふのきふしてうこかすいま二匹はたちのきて居た
りけり上人あやしみ思てかくれて見けれは烏一両と
ひきてこのねたる猿のかたはらに居たりしはしはかり
ありて猿の足をつつきけり猿なをはたらかす死た
るやうにてあれは烏したいにつつきてうへにのほりて
目をくしらむとしけるとき猿烏の足をとりておきあ/s544r
かりにけり其時のこりの猿二匹いてきてなかきかつら
をもちて烏の足につけてけり烏飛さらんとすれと
もかなはすさてやかて河にをりて烏をは水になけ入
て葛のさきをとりて一匹はありいま二匹は河上より
魚をかりけり人の鵜つかひけるをみて魚をとら
せむとしけるにや烏を鵜につかふためしはなけ
れともこころはせふしきにそ思よりたりける烏は水
になけ入られたれとも其益なくてしににけれは
猿ともはうちすてて山へいりにけり不思儀なり候事
まのあたり見たりしとて彼上人かたりける也/s544l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/544

1)
文覚上人
2)
神護寺
3)
「なりしこと」は底本「なり候事」。諸本により訂正。
text/chomonju/s_chomonju697.txt · 最終更新: 2021/01/21 23:33 by Satoshi Nakagawa