text:chomonju:s_chomonju634
古今著聞集 飲食第二十八
634 藤井入道宰相中将にて侍りける時梶井宮に参りけるに盃酌ありけり・・・
校訂本文
藤井入道1)、宰相中将にて侍りける時、梶井宮に参りけるに、盃酌ありけり。終座になりて、宰相中将、「今は柚(ゆ)参らばや」と侍りければ、すなはち参らせたりけり。ある上達部(経家卿2)云々)、「柚八柑七」と言葉を使ひて八つに切りたりけるを、宰相中将見て、「悪しく切りつるものかな」と思ひて、ともかくも言ふことなかりけり。宮も御覧じて、何とも仰せられざりけり。
とばかりありて、「行算3)、参れや」と仰せられければ、等身(とうじん)の衣に狩袴(かりばかま)着たる侍法師の、見めよくつきづきしげなる参りたり。「その柚切りて参らせよ」と仰せられければ、腰より包丁刀を抜きたりけり。まづ興ありてぞ見えける。存ずる所切りて参らせたりければ、宮以下(いげ)、入興(じゆきよう)ありけり。
件(くだん)の行算左衛門の房は、行孝4)が弟なりけり。その芸、舎兄にもはぢざりけるとぞ。柚をば三切りにぞ切りける。およそ柚を切ることは、盃酌至極の時の肴物なり。盃を取る人、必ず三度飲むことにて侍るとかや。その飲みやう、切るを見て一度、盃に入れて一度、食して一度なり。宰相中将は、この定(ぢやう)に飲まれたりけり。いみじくぞ見え侍りける。
翻刻
藤井入道宰相中将にて侍ける時梶井宮にまいり けるに盃酌ありけり終座になりて宰相中将いま は柚まいらはやと侍けれは則まいらせたりけり或上(経家卿云々) 達部柚八柑七とこと葉をつかひて八にきりたりけるを 宰相中将見てあしくきりつる物かなと思てともかくも いふことなかりけり宮も御覧してなにともおほせら れさりけりとはかりありて行算まいれやと仰 られけれは等身衣にかりはかまきたる侍法師の 見めよくつきつきしけなるまいりたりその柚き/s495l
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りてまいらせよと仰られけれは腰より包丁刀をぬ きたりけりまつ興ありてそみえける存する 所きりてまいらせたりけれは宮以下入興ありけり 件行算左衛門房は行孝か弟なりけり其藝舎 兄にもはちさりけるとそ柚をは三切にそきりける 凡柚をきることは盃酌至極のときの肴物也 盃をとる人かならす三度のむ事にて侍とかや其 のみやう切をみて一度盃に入て一度食して一度 なり宰相中将はこの定にのまれたりけりいみ しくそみえ侍ける/s496r
text/chomonju/s_chomonju634.txt · 最終更新: 2020/12/12 15:37 by Satoshi Nakagawa