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text:chomonju:s_chomonju520

古今著聞集 興言利口第二十五

520 近江法眼寛快いまだ凡僧にてありける時・・・

校訂本文

近江法眼寛快、いまだ凡僧にてありける時、六条殿1)の御懺法(せんぽふ)に召されたりけるに、供米(くまい)のいまいましく不法なりけるに、僧ども沙汰の者を不当に思ひ合へりたりけれども、訴(うた)へ申すべきにもあらで過ぎ侍りけるに、この寛快が宿りたる所の軒に箕(み)をかけて置きたり。そのころは、法皇、毎日に御覧じめぐらせ給ひければ、見苦しき物などは引き隠し掃除するに、寛快がもとに、かかる見苦しき物をかけたるを、奉行の者見付けて、「こはいかに、ただ今御幸なりて御覧じまはらせ給はんずるに、これとり隠し給へ」と言へば、寛快少しも驚かず、「何かは苦しう侍るべき。おほかた奉行の人の2)御とが候ふまじ。見苦しきことつかうまつりたるとて、悪しざまなる御気色にならば、寛快こそはともかくもなり侍らんずらめ。あまりに供米の不法にて、ただ糠(ぬか)のみ多く候へば、それをひさせむとて置きたるものをば、いかでか取り捨て候ふべき。なじかはさらば不法の供米を下行せらるる」と、言葉もはばからず言ひければ、奉行人、「もつともさ言はれて候ふ。これは奉行の越度(おつど)に候ふ。雑掌(ざつしやう)が不当、不日に沙汰し直さすべく候ふ。これより後、不法の時、いかなる御訴訟も候へ。今度ばかりは取りのけ給へ」とねんごろに言ひければ、「さやうに候はんには」とて、取りのけてけり。

その後は、げにも丁寧にぞ下行しける。余僧ども、「かしこう近江阿闍梨の参りて」と喜びけるとぞ。

同じ人、ただ力者二人にかかれて御室へ参りけるに、耐へがたげなりけるを見て、「代はれやれ、代はれやれ」と、輿の内より言ひけるを、力者聞きて、「ただ二人がほか、またもなし。いかにと代はり候はんぞ」と、にくにくと返事しければ、「さもあらず。後ろは前に、前は後に代はらぬか」と言ひける。さることやは侍るべき、比興のことなり。

ある日、また輿車に引かれて参りけるに、円宗寺の前にて、たけ高く大きなる法師の、柿(かき)の帷(かたびら)ばかりに袈裟かけたるが、同行3)とおぼしき僧四・五人具したるが行くを見て、輿車より飛び下りて、何といふこともなく、しや小首をかきて相撲を取りけり。互ひにひしひしと取り組みて、この法師をうちまろばかしてけり。

その後、「おれは聞こゆる文学4)かれ」と言へば、「そへに」といらへて、「おれは聞こゆる壇光5)かれ」と言ふ。また、「そへに」と答ふ。「いざ、さらば今一度取らむ」とて、また寄り合ひて取るに、このたびは壇光うてにけり。その後、「いざれ、高雄6)へ。かいもちひくれう」と言へば、「さらなり」とて、そこよりやがて具して、高雄へ行きにけり。それより得意になりけるとぞ。

この壇光房を蓮華王院7)の供僧になされたりけるに、おほかた勤めをせざりければ、奉行の弁、着到しておきたりけれども、ふつと参らざりければ、弁、着到を取り寄せて、寛快が勤め日勤め日に、「不参・不参」と書き付けてけり。寛快見て、そばに、「如供米、如供米」と書きてけり。比興のことにて、上奏にも及ばてやみにけり。

翻刻

近江法眼寛快いまた凡僧にてありける時六条殿
の御懺法にめされたりけるに供米のいまいましく不/s413l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/413

法なりけるに僧とも沙汰者を不当におもひあへり
たりけれともうたへ申へきにもあらてすき侍けるに此
寛快か宿たる所の軒に箕をかけてをきたり其
比は法皇毎日に御覧しめくらせ給けれは見くるしき
物なとは引かくし掃除するに寛快かもとにかかる見く
るしき物をかけたるを奉行の物見つけてこはいか
に只今御幸なりて御覧しまはらせ給はんするにこれとり
かくし給へといへは寛快すこしもおとろかす何かはくる
しう侍へきおほかた奉行の心の御とか候まし見く
るしき事つかうまつりたるとてあしさまなる御気色
にならは寛快こそはともかくもなり侍らんすらめあまりに/s414r
供米の不法にてたたぬかのみ多候へはそれをひさせ
むとてをきたる物をはいかてかとりすて候へき
なしかはさらは不法の供米を下行せらるるとこと葉
もははからすいひけれは奉行人尤さいはれて候是
は奉行のおつとに候雑掌か不当不日に沙
汰しなをさすへく候是より後不法の時いかなる
御訴訟も候へ今度斗はとりのけ給へとねん比に
いひけれはさやうに候はんにはとてとりのけてけり
其後はけにも丁寧にそ下行しける余僧ともかし
こう近江阿闍梨のまいりてとよろこひけるとそ
同人たた力者二人にかかれて御室へまいりけるにたえ/s414l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/414

かたけなりけるを見てかはれやれかはれやれと輿のうち
よりいひけるを力者ききてたた二人か外又もなし
いかにとかはり候はんそとにくにくと返事しけれはさもあ
らすうしろは前にまへは後にかはらぬかといひける
さる事やは侍へき比興の事也或日又こし車に
ひかれてまいりけるに円宗寺の前にてたけたか
くおほきなる法師のかきのかたひら斗に袈裟
かけたるか月行とおほしき僧四五人くしたるか行
を見てこしくるまより飛おりて何といふ事もなく
しやこくひをかきて相撲をとりけりたかひに
ひしひしと取くみて此法師を打まろはかしてけり其後/s415r
をれはきこゆる文学かれといへはそへにといらへてを
れは聞ゆる壇光かれといふ又そへにとこたふいささら
はいま一度とらむとて又よりあひて取に此たひは
壇光うてにけり其後いされたかをへかいもちゐ
くれうといへはさらなりとてそこよりやかてくしてた
かをへ行にけりそれよりとくひになりけるとそ
此壇光房を運花王院の供僧になされたりけるに
おほかたつとめをせさりけれは奉行の弁着到して
をきたりけれともふつとまいらさりけれは弁着到を
とりよせて寛快かつとめ日〃に不参〃〃と書付て
けり寛快見てそはに如供米如供米とかきてけり比/s415l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/415

興の事にて上奏にもをよはてやみにけり/s416r

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/416

1)
後白河法皇御所
2)
「人の」は底本「心の」。諸本により訂正。
3)
「同行」は底本「月行」。諸本により訂正。
4)
文覚
5)
壇光房の略。寛快を指す。
6)
高雄山神護寺
7)
「蓮華王院」は底本「運花王院」。諸本により訂正。
text/chomonju/s_chomonju520.txt · 最終更新: 2020/09/25 23:14 by Satoshi Nakagawa