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text:chomonju:s_chomonju475

古今著聞集 遊覧第二十二

475 白河院深雪の朝雪見の御幸あるべしとて・・・

校訂本文

白河院1)、深雪(みゆき)の朝、「雪見の御幸あるべし」とて、御供の人少々召さるるよし、ほの聞こえしほどに、やがて出御ありて、「おもしろき雪かな。いづ方へか向ふべき。小野皇太后宮2)のもとへ向かはばや」と仰せられけるを、御随身承りて、従者を馬に乗せて、かの宮へ馳せ参らせて、「かかることに、すでに御車に奉りて候ふなり。御用意候ふべし」と申したりければ、紅の衣五具ありけるを、背割りにふつと切りて、寝殿十間になん出だされたりけり。「おのづから3)入りて御覧ずることもあらば、いかが」と申す人ありければ、皇太后宮、「雪見る人は内へ入ることなし」とて、騒ぎたる御気色なくてなんおはしましける。

さるほどに、やがて御幸なりて、御車やり入れて、階隠(はしかくし)の間にさし寄せておはしましければ、御酒(みき)をなん勧め奉られける。朽葉(くちば)の汗衫(かざみ)着たる童二人、一人は沈(ぢん)の折敷(をしき)に玉の坏(さかづき)、銀の皿に金の橘一房を盛られたるを持ちたりけり。一人は片口の銚子に酒を入れて持ちたり。二人の童、寝殿の前を経て、階(はし)の子を斜めに降り下りて、御車へ参りけるさま、いみじく優(いう)になん見え侍る。酒はうるはしうならせ給ひける。橘は季通4)御供に候ひけるに給はせけり。

上皇、帰らせおはしましけるままに、「ゆゆしく閑散げにてこそおはしましけれ」とて、荘一所参らせられたりければ、ただいま御幸なるよし告げ参らせたりける御随身になん5)あづけ給ひけり。

翻刻

白川院深雪の朝雪見の御幸あるへしとて御共の人
少々めさるるよしほのきこえしほとにやかて出御あり
ておもしろき雪かないつかたへかむかふへき小野/s372r
皇太后宮のもとへむかははやと仰られけるを御随身
うけたまはりて従者を馬にのせて彼宮へ馳まいら
せてかかる事にすてに御車にたてまつりて候也御用
意候へしと申たりけれは紅の衣五具ありけるをせは
りにふつときりて寝殿十間になんいたされたりけり
をの(自歟)つから入て御覧する事もあらはいかかと申人あり
けれは皇太后宮雪みる人は内へ入事なしとてさはきたる
御気色なくてなんおはしましけるさるほとに軈御幸
なりて御車やり入て階隠の間にさしよせて
おはしましけれはみきをなんすすめたてまつられ
ける朽葉のかさみきたる童二人ひとりは沈の折敷

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/372

に玉の坏銀のさらに金の橘一ふさをもられたるを持た
りけり一人は片口の銚子に酒を入てもちたり二人の
童寝殿の前をへて階の子をななめにおりくたりて
御車へまいりけるさまいみしく優になん見え侍る酒
はうるはしうならせ給ける橘は季通御共に候けるに
給はせけり上皇帰らせおはしましけるままにゆゆしく
閑散けにてこそをはしましけれとて庄一所まいら
せられたりけれはたたいま御幸なるよし告まいら
せたりける御随身となんあつけ給けり/s373r

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/373

1)
白河天皇
2)
藤原歓子
3)
「おのづから」は底本「をの(自歟)つから」で、「自歟」と傍注。
4)
藤原季通
5)
「になん」は底本「となん」。諸本により訂正。
text/chomonju/s_chomonju475.txt · 最終更新: 2020/08/14 23:11 by Satoshi Nakagawa