text:chomonju:s_chomonju292
古今著聞集 能書第八
292 行成卿いまだ殿上人のころ殿上にて扇合といふことありけるに・・・
校訂本文
行成卿1)、いまだ殿上人のころ、殿上にて扇合(あふぎあはせ)といふことありけるに、人々珠玉を飾り、金銀を磨きて、われ劣らじといとなみあへりけり。かの卿は、黒く塗りたる細骨(ほそほね)に黄なる紙貼りて、楽府の要文を真草にうちまぜて、ところどころ書きて出だされたりけるを、御門御覧ぜられて、「この扇こそ、いづれにもすぐれたれ」とて、御所にこめられけるとかや。
かの卿の孫に、帥中納言伊房2)とておはしけるも、いみじき手書きなりけり。春日大明神3)の示現によりて4)、「御経蔵」といふ額を一枚書て置き給ひたりければ、ただ今うつべき経蔵もなければ、「いまあるやうあらんずらん」とて置きたりけるほどに、帥(そち)も失せ給ひて後、はるか年月隔りて、思ひのほかに公家より一切経を安置して参らせられける時、「誰(たれ)か額をば書くべき」と沙汰ありけるに、かの帥の子孫の中より、「かかることありて、かの帥、書き置ける額あり」とて、取り出だされたりければ、うたれけるこそ、神慮にかなひてありけること、やんごとなく覚ゆれ。
昔、佐理大弐5)、任果てて上られけるに、道にて伊予三島明神6)の託宣ありて、かの社の額書かれたりけるも、めでたかりけり。
翻刻
行成卿いまた殿上人の比殿上にて扇合と云事あり けるに人々珠玉をかさり金銀をみかきて我おとら しといとなみあへりけり彼卿はくろくぬりたるほそほ ねに黄なる紙はりて楽府の要文を真草に うちませてところところ書ていたされたりけるを御門御らんせ られて此扇こそいつれにもすくれたれとて御所にこめられ けるとかや彼卿の孫に帥中納言伊房とてをはしけるも いみしき手書なりけり春日大明神の示現にとり て御経蔵といふ額を一枚書てをき給たりけれは/s205l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/205
只今うつへき経蔵もなけれはいまあるやうあらんすらん とて置たりけるほとに帥もうせ給てのち遥年月 隔りて思のほかに公家より一切経を安置して まいらせられける時たれか額をは書へきと沙汰ありけるに 彼帥の子孫の中よりかかる事ありてかの帥書をける 額ありとて取出されたりけれはうたれけるこそ神慮に 叶てありける事やんことなくおほゆれ 昔佐理大弐任はててのほられけるに道にて伊予三 嶋明神の託宣ありて彼社の額かかれたりけるもめて たかりけり/s206r
text/chomonju/s_chomonju292.txt · 最終更新: 2020/04/12 11:08 by Satoshi Nakagawa