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世継物語

第55話 国綱の大納言と申す人おはしけり・・・

校訂本文

今は昔、国綱の大納言と申す人おはしけり。その妻にて、在原の中納言といふ人の女子(むすめ)なん、えもいはず形清げにうつくしうて、大納言は歳六十余、北の方はわづかに二十ばかりにてぞおはしける。いみじう色めきたる人にて、老ひたる人に具したるを心ゆかぬ事にぞ思ひたりける。

大納言の御甥にて、左大臣おはしける。本院にぞ住み給ひける。歳二十七ばかりにて、形、有様、目出度くいみじき人にてぞおはしける。この伯父の大納言の北方のめでたきよしを聞き給ひて、「ゆかし」と思し渡りけるに、そのころ、好物の兵衛佐、御子の孫、名はいやしうもあらざりけり、あざな平中とぞいひける。そのころの人の人の娘、宮仕人見ぬなんなかりけり。この大納言の妻をも、この兵衛佐忍びて見るといふ事を聞き給ひて「まことや。いかで聞かむ」と思しけるに、冬の月明かかりける夜、この兵衛佐参りたりけるに、何となき世の物語し給ふほどに、夜も更けにけり。

をかしきさまの物語りのついでに、大臣(おとど)をくゐ寄りて問ひ給ふやう、「ここに申さん事、隠さずのたまへ。こころみ給ふ女の中に、めでたきは誰かある」と問ひ給へば、平中申しけるは、「御前にて申すは、いみじうかたはらいたき事なれど、我まことに思はばありのままに言へと仰せらるれば申す也。藤大納言の北の方こそ、世に似ずまこと目出度き人におはすれ」と申すに、「まことなりけり」と思して、「それをばいかにして見ひ給し」と問ひ給へば、「そこに候ひし人を知りたりしが申ししなり。老ひたる人に添ひたるを、いみじう侘しき事になん思ひたると聞き侍りしかば、わりなくかまへていはせて侍りしに、『にくからずなん思ひたる』と侍りて、いみじく忍びて、ふへんに見初めてなん侍りし。うち解けても、え合ひ侍らず」と聞こゆれば、「悪しきわざをもし給ひけるかな」とて、笑ひてのたまひける。

さて、心の内に「いかでこの人を見む」と思す心、深くなりまさりにければ、その後よりは、この大納言、伯父におはしければ、事にふれてかしこまりきこえ給ふ。大納言、ありがたく、うれしく、かたじけなき者にぞ思ひ給ひける。「女取らんずるをば知らで」と、心の中にをかしく思しける。

かくて睦月になるほどに、「三日が間参らん」とのたまひけるよしを、大納言聞き給ひて、家を作りみがき、御儲けをなんし給ひける。正月三日になりて、さるべき殿上人・上達部引き具して、この大納言の家におはしたれば、喜び、物にあたり給ふ事限りなし。主(あるじ)など儲けたるほど、げにことはりとみゆる。

申(さる)うち下るほどに日暮ぬ。歌ひ遊び給ふ事おもしろく、そぞろ寒きまでめでたし。このおほい殿の御形よりはじめ、すぐれ給へる御有様、世の常ならずめでたうおはすれば、万の人々、目を付け奉り見奉る事いみじ。

北の方は男のおはするそばの方より覗き給ふに、大臣の形・気配・吹き入るる匂ひより初め、人にすぐれ給へるを見給ひて、我身の宿世(すくせ)心憂く思ゆ。いかなる人、かかる人に添ひてあらん。年老ひ、古くさき人に具したる事にふれて、侘しく思ゆ。身の置き所なく、心憂く案じゐ給へるに、この大臣、かく歌ひ遊び給ひて、この簾(すだれ)の方を後目(しりめ)に見おこせ給ふ。まみはづかしげにいはんかたなく、簾の内さへわりなく頬笑(ほうゑ)みて見おこせ給ふも、「いかに思すやらん」といとどはづかし。

かかるほどに、夜、やうやう更けゆくに、みな人酔(ゑ)ひにたり。紐解き、肩脱ぎて、舞ひたはぶれ給ふ事かぎりなし。帰り給なんとするほどに、大納言、申し給ふは、「御車をここにさし寄せて奉れ。いたく酔はせ給ひにたり」と申し給へば、「いみじくびんなき事。いかでさる事侍らん。いたく酔ひなば、この殿にこそ侍らめ。さて、酔ひさめてまかり出でなん」とのたまふ。異(こと)上達部も「きはめて良き事也」とて、ただ寄せに、御車日隠しのもとに寄せさするほどに、引出物にいみじき馬二つ、目出度き御琴など取出たるに、大臣、大納言に申し給ふ。「かかる酔ひのついでに痴れ言申すはびんなき事にて候へど、かく饗宴のために参りたるを、まことに嬉しと思さば、限りなくやむごとなからん引出物をこそ給はらめ」とのたまへば、大納言、いみじう酔ひたる心も面目(めいぼく)あり。嬉しく思ゆるに、「かくのたまへる我身は、この添ひたる人をこそいみじく思ゆれ。大臣におはすとも、かばかりの人はえや持ち給はざらん。後目にかけて、御簾の中を常に見遣り給ふるもわづらはしくは思えつ。同じくは、かかる物持ちたりけるとも、見せ奉らんかし」と、酔ひ狂ひたる心なれど思えて、「翁のもとにはかかる物こそ候らへ。これを引出物に参らす」とて、屏風押し畳みて、簾より押し入れて、北の方の袖を取りて引き寄せて、「これに候ふ」と申し給へば、「まことに参りたるかひありて、今こそうれしく侍れ」とて、大臣寄りてひかへて給ひぬれば、大納言、立ち退きて、「異(こと)殿原を、「いまは出で給ひね。大臣は、よもとみに出で給はじ」とのたまへば、上達部、目をくばせ、肘つきて、あるひは出で給ひぬ、あるひは立ち隠れて、「いかなる事ぞ。見果てん」と思す人もあり。

大臣、「今はまことにいみじく酔ひたり。車寄せよ。ずちなし」とのたまふ時に、御車、庭に引出だしたるを、人々さとりてさし寄せつ。大納言、寄りて御車の簾持上(もた)げ給ふ。大臣、北の方をかき抱きて、車にうち乗せて、やがて続きて乗り給ひぬ。大納言、ずちなくて、「や、女ども、我なわすれそ」となん言ひかけ給ひける。さて、車やり出ださせて出で給ひぬ。

大納言、内に入りて装束解きて臥し給ひぬ。いみじく酔ひにければ、めくるめき心地悪しくて、暁方にや、やうやう醒めて夢のやうに見しことども思ゆれば「ひがごとにやあらん」とまで思えて、女房に、「上は」と問ひ給へば、ありしやうを語るに「いみじうあさましう、嬉しと言ひながら、物に狂ひにけるにこそ、酔ひの心と言ひながら、かかるわざする人やある」と、をこにたえがたく、かたがた思へども、取り返すべきやうもなし。「女の幸ひのするなめり」と思ふにも、我を老ひたりと思ひたりし気色1)の見えしも、妬く悔しく悲しく恋しく、人目には心うしたる事と思はせて、心の内にはわりなく恋しくなん思しける。

左の大臣は、我がもとに率(ゐ)ておはして、対にしつらひ据ゑて住み給ふに、ここはと見み2)ゆる所なく、いみじくなん思しける。ただすこし色めきたる心のあるを、うしろめたく思しける。北の方の心には、年ごろの人を「むつかし」と思ひつるに、かかるめでたき人に添ひてあるを、我が身の宿世かしこく思ひける。もとの人は、我をわりなく心ざし思ひたりしをぞ、あはれと思ひ出でられける。平中も老のむつかしさにこそ、なぐさめにわりなくしてあひ知りつれ。かかる人に添ひにたれば、思ひ出づべきにもあらぬに、また我をば色めきと見給ふやらん。ひまもなくもてなし給へれば、何事にもかくしも身もてなすべきにもあらず。

かくてあるほどに、うつくしげなる男子(をのこご)生みつ。その子、中納言になりて、本院の中納言敦忠と言ふはこの人なりけり。まこと忘れにけり。

大臣、北の方、車に乗せ給ひし程に下襲の尻とりて御車に入るるやうにて、平中、寄りて書きつけて、押し付けて去りにけり。大臣は見給はずなりにけり。北の方、また見けるに、袖の下に陸奥(みちのくに)紙を引き破りて、押し付けたるを、「あやし」と思ひて見れば、忍ぶる人の手にて、

  物をこそいはねの松の岩つつじいはねばこそあれ恋しきものを

となんありける。「車に乗りしほど、下襲の尻入れしは、これにこそありけれ」と思しける。

また、ある人の語りしは、若君の腕(かひな)に書きて、「母に見せ奉れ」とて、遣りたりけるとも申す。

  昔せし我がかねごとの悲しきはいかに契りし名残なりけん

この歌こそ、稚児(ちご)の腕に書きて、「母に見せ奉れ」と言ふに、我が君見せけり。女いみじく泣きて、また腕に書きて返し、

  うつつにて誰契けんさだめなき夢路にたどる我は我かは

翻刻

今は昔国綱の大納言と申人おはしけり其妻に
て在原の中納言といふ人のむすめなんえもいはす
かたちきよけにうつくしうて大納言は歳六十よ北
の方はわつかに廿はかりにてそおはしけるいみしう色
めきたる人にておひたる人にくしたるを心ゆかぬ事に
そ思ひたりける大納言の御をいにて左大臣おはし
ける本院にそ住給ける歳廿七はかりにて形ち有/44オ
さま目出度いみしき人にてそおはしけるこのおち
の大納言の北方のめてたきよしを聞給てゆかしと
おほしわたりけるに其比すき物の兵衛佐みこの
まこ名はいやしうもあらさりけりあさなへいちう
とそいひける其比の人の人のむすめ宮仕人みぬなんな
かりけり此大納言の妻をも此兵衛佐忍ひて見
るといふ事を聞給て誠やいかてきかむとおほし
けるに冬の月あかかりける夜此兵衛佐まいりたり
けるになにとなき世の物語し給程に夜も更にけり
おかしきさまの物かたりのついてにおととをくゐより/44ウ
てとひ給やうここに申さん事かくさすの給へこころ
み給ふ女の中にめてたきはたれかあると問給へは
へいちう申けるはおまへにて申はいみしうかたは
らいたき事なれと我まことに思ははありのままに
いへとおほせらるれは申也藤大納言の北のかたこそ
よににす誠目出度人におはすれと申に実成けり
とおほしてそれをはいかにして見給しと問給へは
そこにさふらひし人をしりたりしか申し也老たる人
にそひたるをいみしう侘しき事になん思ひたると
きき侍しかはわりなくかまへていはせて侍しににくか/45オ
らすなん思ひたると侍ていみしく忍ひてふへんに
見初てなん侍しうち解てもえあひ侍らすとき
こゆれはあしきわさをもし給けるかなとてわら
ひての給ひけるさて心のうちにいかてこの人をみ
むとおほす心ふかく成まさりにけれは其後よりは
この大納言をちにおはしけれは事にふれてかし
こまりきこえ給大納言有かたくうれしくかたしけな
き物にそ思ひ給ける女とらんするをはしらてと心の
中におかしく覚しけるかくてむ月に成程に三日か
間まいらんとの給けるよしを大納言きき給ひて家を/45ウ
作みかき御まうけをなんし給ける正月三日に成てさ
るへき殿上人上達部ひきくしてこの大納言の家に
おはしたれはよろこひ物にあたり給ふ事かきりな
しあるしなとまうけたるほとけにことはりとみゆる
さるうちくたる程に日暮ぬうたひあそひ給事おも
しろくそそろ寒きまてめてたし此おほい殿の御
かたちよりはしめすくれ給へる御ありさまよの常
ならすめてたうおはすれは万の人々目を付奉り
見奉る事いみし北の方はおとこのおはするそは
の方よりのそき給におととの形けはひ吹いるる匂ひ/46オ
より初人にすくれ給へるを見給ひて我身のすくせ
心うくおほゆいかなる人かかる人にそひてあらん歳お
ひふるくさき人にくしたる事にふれて侘しくおほ
ゆ身のをき所なく心うく案しゐ給へるに此おととか
くうたひあそひ給ひてこのすたれの方をしりめに
見をこせ給まみはつかしけにいはんかたなくすたれの
うちさへわりなくほうゑみて見をこせ給ふもいかにお
ほすやらんといととはつかしかかる程に夜やうやう
更行にみな人えいにたりひもときかたぬきて舞
たはふれ給ふ事かきりなし帰り給なんとする程に/46ウ
大納言申給は御車をここにさしよせて奉れいたく
えはせ給にたりと申給へはいみしくひんなき事い
かてさる事侍らんいたくえひなはこの殿にこそ侍ら
めさてえひさめてまかり出なんとの給ふことかんた
ちめもきはめてよき事也とてたたよせに御車ひ
かくしの許によせさする程に引出物にいみしきむま
ふたつ目出度御琴なと取出たるにおとと大納言に
申給ふかかるえひのつゐてにしれ事申はひん
なき事にてさふらへとかくけうゑんのためにま
いりたるを誠にうれしとおほさはかきりなくやむ/47オ
事なからん引出物をこそ給らめとの給へは大納言
いみしうえひたる心もめいほくありうれしく覚ゆる
にかくの給へる我身は此そひたる人をこそいみしく
おほゆれおととにおはすともかはかりの人はえやも
ち給はさらんしりめにかけてみすの中を常にみ
やり給ふるもわつらはしくはおほえつおなしくは
かかる物もちたりけるとも見せ奉らんかしと酔くるい
たる心なれとおほえておきなのもとにはかかる物
こそさふらへ是を引出物にまいらすとて屏風をし
たたみてすたれよりをしいれて北の方の袖を/47ウ
取て引よせてこれにさふらふと申給へは誠にまいり
たるかひありていまこそうれしく侍とておととより
てひかへて給ぬれは大納言たちのきてこと殿原を
いまはいて給ねおととはよもとみにいて給はしとの給
へは上達部めをくはせひちつきてあるひはいて給
ぬあるひはたちかくれていかなる事そ見はてんとお
ほす人もありおとと今は誠にいみしく酔たり車よ
せよすちなしとの給時に御車庭に引出したるを人々
さとりてさしよせつ大納言よりて御車のすたれ
もたけ給ふおとと北の方をかきいたきて車に打の/48オ
せてやかてつつきて乗給ぬ大納言すちなくてや
をんなとも我なわすれそとなんいひかけ給ひける
さて車やり出させて出給ぬ大納言うちに入て装
束ときてふし給ぬいみしくえひにけれはめくるめ
き心ちあしくて暁かたにややうやう醒て夢のやう
にみしことともおほゆれはひか事にやあらんとま
ておほえて女房にうへはととひ給へはありしやうを
かたるにいみしうあさましううれしといひなから物に
くるひにけるにこそ酔の心といひなからかかるわさす
る人やあるとおこにたえかたくかたかたおもへともと/48ウ
り返すへきやうもなし女のさいはゐのするなめり
と思ふにも我を老たりと思ひたりしきそくの
見えしもねたくくやしく悲しく恋しく人めには心
うしたる事とおもはせて心のうちにはわりなく
恋しくなんおほしける左のおととは我もとにゐて
おはして対にしつらひすへてすみ給にここはとみみ
ゆる所なくいみしくなんおほしけるたたすこし色めき
たる心の有をうしろめたくおほしける北の方の心に
は年比の人をむつかしと思ひつるにかかるめてたき
人にそひてあるを我身のすくせかしこく思ひける/49オ
もとの人は我をわりなく心さし思ひたりしをそ
哀と思ひ出られけるへいちうも老のむつかしさに
こそなくさめにわりなくしてあひしりつれかかる人に
そひにたれは思ひ出へきにもあらぬに又我をは
色めきと見給やらんひまもなくもてなし給へれは
何事にもかくしも身もてなすへきにもあらすかく
てある程にうつくしけなるおのここうみつその子中
納言に成て本院の中納言あつたたと云は此人成
けり誠わすれにけりおとと北の方車にのせ給し
程に下かさねのしりとりて御車にいるるやうにて/49ウ
へいちうよりてかきつけてをしつけてさりにけり
おととは見給はす成にけり北の方又見けるに袖の下
にみちのくに紙をひきやりてをしつけたるをあやし
と思ひて見れは忍ふる人の手にて
   物をこそいはねの松の岩つつしいはねはこそあれ恋しき物を
となん有ける車に乗し程下かさねのしり入しはこれ
にこそ有けれとおほしける又ある人の語しは若君
のかいなに書て母にみせ奉れとてやりたりけるとも
申す
  昔せし我かねことの悲しきはいかに契りし名残なりけん/50オ
此歌こそちこのかいなにかきて母にみせ奉れといふ
にわか君みせけり女いみしく泣て又かいなにかきて
返し
  うつつにてたれ契けんさためなき夢路にたとるわ
                                   れは我かは

【奥付】/50ウ

1)
底本「きそく」
2)
「み」衍字か
text/yotsugi/yotsugi055.txt · 最終更新: 2014/09/25 02:43 by Satoshi Nakagawa
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