世継物語
第50話 柏原の御門の御時に平の宮作らせ給ひけるあひだ・・・
校訂本文
今は昔、柏原の御門の御時に、平の宮作らせ給ひけるあひだ、長岡の宮より時々行幸して、新しく造らるる都を御覧ずるに、とばかりおはしますに、羅城門(らいせいもん)の辺にて御輿を停めて、匠(たくみ)を召して仰せられけるやう、「いとよく門は建てたり。但し丈(たけ)なん、いま一尺切るべき。風早き所に、一つ屋にて建てたれば、風のために危うきなり。風は丈いますこし勝り。劣るに随ひて防がるることなれば、所の地の体(てい)に従ひて丈のほどは建つるを、このごろの匠はそれをえ知らで屋を建つれば、この門いま一尺切れ。さらば良かりなん」と召して仰せられて、内に入らせ給ひて、長岡の宮に帰らせ給ひぬ。
さて、造り果て、都移り近くなりて、行幸して御覧ず。始めのごとく、羅城門の前に御輿を停めて御覧ずるに、瓦葺きに白土(しらつち)みな塗り果てたり。ことごとにみなし果てて、金物ばかり打たざりける。
匠召して仰せらるるやう、「我は始め悪しく見て、『一尺切れ』と仰せてけり。一尺五寸ぞ切らすべかりける。いま五寸切るべし。なほ高く見ゆる」と仰せられければ、匠、にはかに伏しまろび、怖じ感じて、さま悪しく震うやうにすれば、「あやし」と思しめして、「いかにするぞ」と問はせ給へば、匠の申すやう「この門の丈は、本の門の様に建て合はせ候ふを、『一尺切れ』と仰せられしが、『仰せのままに切りては、むげに低(ひき)くまかりなりなん。遠く見上ぐるに、高やかにて候ふこそ、きらきらしく候へ。かかる離れ屋の、平(ひら)に見えば、見苦しく候ひぬべし』と思ひ候ひて、五寸をきりて候ふなり。それに、『いま五寸』と仰せ候へば、初め御覧じそこなひたるには候はず。五寸かたみて切り候はず」と申す。御門かしこく見てけり。
「毀ち切らば、都移りの日近くなりてえ合はせじ。さらば、せであるばかり。ただし、風にやともすれば吹き倒(たう)されん」と仰事ありければ、匠の申すやう、「いみじく強く作りて候ふ物なり。丈、五寸切り候ひぬれば、さらに危うき事候はじ」となん、申しけり。
さて、都移りの後、末の世に至るまで、三度ばかり吹き倒されたりければ、御門の御覧じたる事かなひにたり。いみじうおはしましけり。物の上手となん申し伝へたる。
さてさて、円融院の御時、大風にまた吹き倒されにけり。その後は造りたる事なし。
翻刻
今は昔柏原の御門の御時に平の宮作らせ給ける あひたなかをかの宮より時々行幸してあたらしく つくらるる都を御覧するにとはかりおはしますにら いせい門のへんにて御輿をとめてたくみをめして仰 られけるやういとよく門はたてたり但たけなん今 一尺きるへき風はやき所にひとつ屋にてたてたれは 風のためにあやうき也風はたけいますこしまさり おとるに随ひてふせかるる事なれは所の地のてい にしたかひてたけの程はたつるを此比のたくみは/27オ
それをえしらて屋をたつれはこの門いま一尺きれさ らはよかりなんとめして仰られてうちに入せ給て長岡 の宮にかへらせ給ぬさてつくり果て都うつりちかく成て 行幸して御覧すはしめのことくらいせい門のまへに御 輿をとめて御覧するにかはらふきにしらつちみな ぬりはてたりことことにみなしはてて金物はかりう たさりけるたくみめしておほせらるるやう我ははし めあしく見て一尺きれと仰てけり一尺五寸そき らすへかりけるいま五寸きるへし猶たかくみゆると仰 られけれはたくみにはかにふしまろひをちかんして/27ウ
さまあしくふるうやうにすれはあやしと思食ていか にするそと問せ給へはたくみの申やう此門のたけは 本の門の様にたてあはせさふらふを一尺きれと仰ら れしか仰のままにきりてはむけにひきくまかり成 なんとをく見あくるにたかやかにてさふらふこそきら きら敷さふらへかかるはなれ屋のひらに見えは見く るしくさふらひぬへしと思ひさふらひて五寸をき りてさふらふ也それに今五寸と仰さふらへははしめ 御覧しそこなひたるにはさふらはす五寸かたみて きりさふらはすと申御門かしこく見てけりこほち/28オ
きらは宮こうつりの日近く成てえあはせしさらは せてあるはかりたたし風にやともすれは吹たうされん と仰事ありけれはたくみの申やういみしくつよく 作てさふらふ物也たけ五寸きりさふらひぬれは更にあ やうき事さふらはしとなん申けりさて都うつりの 後末の世に至るまて三度はかり吹たをされたり けれは御門の御覧したる事かなひにたりいみしう おはしましけり物の上手となん申し伝たるさてさて 円融院の御時大風に又吹きたうされにけりその後 はつくりたる事なし/28ウ