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text:yomeiuji:uji145

宇治拾遺物語

第145話(巻12・第9話)穀断の聖、不実露顕の事

穀断聖不実露顕事

穀断の聖、不実露顕の事

校訂本文

昔、久しく行ふ上人ありけり。五穀を断ちて、年ごろになりぬ。御門、聞こし召して、神泉1)にあがめすゑて、ことに貴み給ふ。木の葉をのみ食ひける。

物笑ひする若公達集まりて、「この聖の心見ん」とて、行き向ひて見るに、いと貴げに見ゆれば、「穀断、幾年(いくとせ)ばかりになり給ふ」と問はれければ、「若きより断ち侍れば、五十余年にまかりなりぬ」と言ふを聞きて、一人の殿上人のいはく、「穀断の屎(くそ)は、いかやうにかあるらん。例の人には変わりたるらん。いで、行きて見ん」といへば、二・三人つれて行きて見れば、穀屎を多くひりおきたり。

怪しう思ひて、上人の出たる隙(ひま)に、「居たる下を見ん」と言ひて、畳の下を引き開けて見れば、土を少し掘りて、布袋に米を入れて置きたり。公達見て、手をたたきて、「穀糞の聖、穀糞の聖」と呼ばはりて、ののしり笑ひければ、逃げ去りにけり。

その後は行方も知らず、長く失せにけりとなん。

翻刻

むかし久くおこなふ上人ありけり五穀を断て年来になりぬ御門
きこしめして神泉にあかめすへてことに貴み給木の葉をのみ食/下56ウy366
ける物笑する若公達あつまりて此聖の心みんとて行向ひて
みるにいとたうたけにみゆれは穀断幾年斗に成給と問れけれは
若より断侍れは五十余年に罷成ぬといふを聞て一人の殿上人の
いはく穀断の屎はいか様にか有らん例の人にはかはりたるらんいて行て
みんといへは二三人つれて行てみれは穀屎を多く痢をきたりあや
しう思て上人の出たる隙に居たる下をみんといひて畳の下を引
あけてみれは土をすこし掘て布袋に米を入て置たり公達見て
手をたたきて穀糞の聖穀糞の聖と呼はりてののしり笑けれは逃去に
けり其後は行方もしらすなかく失にけりとなん/下57オy367
1)
神泉苑
text/yomeiuji/uji145.txt · 最終更新: 2019/09/29 21:39 by Satoshi Nakagawa