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宇治拾遺物語

第78話の2(巻5・第9話)一乗寺の僧正の事

一乗子僧正事

一乗寺の僧正の事1)

校訂本文

一乗寺僧正2)は、大峰は二度通られたり。蛇を見らる。また、竜の駒などを見などして、あられぬありさまをして、行ひたる人なり。

その坊は一二町ばかり、よりひしめきて、田楽・猿楽などひしめき、随身、衛府の男(をのこ)どもなど、出で入りひしめく。物売りども入り来て、鞍・太刀・さまざまの物を売るを、かれが言ふままに値(あたひ)を賜びたれば、市をなしてぞ集(つど)ひける。さて、この僧正のもとに、世の宝は集ひ集まりたりけり。

それに、呪師小院といふ童を愛せられたり。鳥羽の田植にみつぎしたりける。さきざきは、首に乗りつつ、みつきをしけるを、この田植ゑに、僧正言ひ合はせて、このごろするやうに、肩に立ち立ちして、こばはより出でたりければ、おほかた見る者も、驚き驚きしあひたりけり。

この童、あまりに寵愛して、「よしなし。法師になりて、夜昼(よるひる)離れず、付きてあれ」とありけるを、童「いかが候ふべからん。今しばし、かくて候はばや」と言ひけるを、僧正、なほいとほしさに、「ただなれ」とありければ、童、しぶしぶに法師になりてけり。

さて、過ぐるほどに、春雨うちそそぎて、つれづれなりけるに、僧正、人を呼びて、「あの僧の装束はあるか」と問はれければ、「納め殿にいまだ候ふ」と申しければ、「取りて来(こ)」と言はれけり。

持(も)て来たりけるを、「これを着よ」と言はれければ、この呪師小院、「見苦しう候ひなん」と否(いな)みけるを、「ただ着よ」と責めのたまひければ、かたがたへ行きて、装束(さうぞ)きて、兜(かぶと)して、出で来たりけり。つゆ昔に変らず。僧正、うちみて、貝をつくられけり。

小院、また、面変(おもがは)りして立てりけるに、僧正「いまだ走り手は覚ゆや」とありければ、「覚え候(さぶ)らはず。ただし、かたささはの手こそ、よくしつけて候ひしことなれば、少し覚え候ふ」といひて、せうの中割りて通るほどを、走りて飛ぶ。兜持ちて、一拍子に渡りたりけるに、僧正、声を放ちて、泣かれけり。

さて、「こち来よ」と呼び寄せて、うちなでつつ、「何しに出家せさせけん」とて、泣かれければ、小院も「さればこそ、『いましばし』と申し候ひしものを」と言ひて、装束脱がせて、障子の内へ具して入られにけり。

その後は、いかなることかありけん。知らず。

翻刻

一乗寺僧正は大峰は二度とほられたり蛇をみらる又竜
の駒なとをみなとしてあられぬありさまをしておこなひ
たる人也その坊は一二町はかりよりひしめきて田楽猿楽なと
ひしめき随身衛府のおのこともなと出入ひしめく物うり共入きて
鞍太刀さまさまの物を売をかれかいふままにあたいをたひたれは
市をなしてそつとひけるさて此僧正のもとに世の宝はつとひ
あつまりたりけりそれに呪師小院といふ童を愛せられたり
鳥羽の田植にみつきしたりけるさきさきはくひに乗つつみつきを/82ウy168
しけるをこの田うへに僧正いひあはせてこの比するやうに肩に
たちたちしてこははより出たりけれは大かたみる物もおとろきおとろきし
あひたりけりこの童あまりにてうあひしてよしなし法師になり
て夜るひるはなれすつきてあれとありけるを童いかか候へからん
いましはしかくて候ははやといひけるを僧正なをいとおしさに
たたなれとありけれは童しふしふに法師に成てけりさて過る
ほとに春雨うちそそきてつれつれなりけるに僧正人をよひてあの
僧の装束はあるかととはれけれはおさめ殿にいまた候と申けれは
取てこといはれけりもてきたりけるをこれをきよといはれけれ
はこの呪師小院みくるしう候なんといなみけるをたたきよと
せめの給けれはかたかたへ行てさうそきてかふとしていてきたりけり
つゆむかしにかはらす僧正うちみてかいをつくられけり小院又おも
かはりしてたてりけるに僧正いまたはしりてはおほゆやとあり/83オy169
けれはおほえさふらはすたたしかたささはのてこそよくしつけ
て候し事なれはすこしおほえ候といひてせうのなかわりて
とほるほとをはしりてとふかふともちて一拍子にわたりたり
けるに僧正こゑをはなちてなかれけりさてこちこよとよひ
よせてうちなてつつなにしに出家せさせけんとてなかれけれは
小院もされはこそいましはしと申候し物をといひて装束ぬ
かせて障子のうちへくしていられにけりそののちはいかなる事か
ありけんしらす/83ウy170
1)
第78話の「御室戸の僧正の事」と「一乗寺の僧正の事」は、書き出しから、両方で一話であると考えられるが、目録で二話として扱っているため分ける。
2)
増誉
text/yomeiuji/uji078_2.txt · 最終更新: 2018/05/10 00:33 by Satoshi Nakagawa
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