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宇治拾遺物語

第46話(巻3・第14話) 伏見修理大夫俊綱の事

伏見修理大夫俊綱事

伏見修理大夫俊綱の事

是も今はむかし、伏見修理大夫は宇治殿の御子にておはす。あまり公達おほくおはしければ、やうをかへて、橘俊遠といふ人の子になし申て、蔵人になして、十五にて尾張守になし給てけり。

それに、尾張にくだりて、国おこなひけるに、その比熱田神いちはやくおはしまして、をのづから、笠をもぬがず、馬のはなをむけ、無礼をいたすものを、やがてたち所に罰せさ1)せおはしましければ、大宮司の威勢、国司にもまさりて、国の者共おぢおそれたりけり。

それに、この国の司くだりて、国のさたどもあるに、大宮司われはと思てゐたるを、国司とがめて、「いかに大宮司ならんからに、国にはらまれては見参にもまいらぬぞ」といふに、「さきざきさる事なし」とてゐたりければ、国司むつかりて「国司も国司にこそよれ。我にあひては、かうはいふぞ」とていやみ思て、「しらん所ども点ぜよ」などいふ時に、人ありて大宮司にいふ。「まことにもこくしと申すに、かかる人おはす。見参にまいらせ給へ」といひければ、「さらば」といひて、衣冠にきぬいだして、ともの物ども丗人ばかりぐして、国司のがりむかひぬ。

国司出あひ対面して、人どもをよびて、「きやつ、たしかにめしこめて勘当せよ。神官といはんからに、国中にはらまれて、いかに奇怪をばいたす」とて、めしたててゆふ程に、こめて勘当す。その時大宮司「心うき事に候。御神はおはしまさぬか。下臈の無礼をいたすだに、立所に罰せさせおはしますに、大宮司をかくせさせて御らんずるは」となくなくくどきて、まどろみたる夢に、あつたの仰らるるやう、「此事にをきては、我ちから及ばぬ也。その故は、僧ありき。法花経を千部よみよみて、我に法楽せんとせしに、百餘部はよみたてまつりたりき。国のものども、たうとがりてこの僧に帰依しあひたりしを、汝むつかりてその僧を追はらひてき。それにこの僧、悪心をおこして『我、この国の守となりて、この答をせん』とてむまれきて、今、国司になりてければ、我力をよばず。その先生の僧を俊綱といひしに、この国司も俊綱といふなり」と、夢におほせありけり。

人の悪心はよしなき事なりと。

1)
底本ま
text/yomeiuji/uji046.1411879376.txt.gz · 最終更新: 2014/09/28 13:42 by Satoshi Nakagawa