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打聞集

第14話 道丈法師の事

校訂本文

昔、尾張国に弘田1)返し立つる翁あり。田を打ち立つる間に、にはかに神鳴りて落ちぬ。見れば、電(いかづち)、童のやうにて、谷におどり入りてまどふ。

翁、鍬(くは)をささげて打たむとてす。電、翁にいはく、「われを打つことなかれ。空に上げたらば、なんぢが子となりて来む」と言ひければ、翁、子も無かりければ、鍬を取りて、電を桑の木のもとにかき寄せて、その桑木を便りとして、空に登りぬ。

翁、帰りて妻にこのよしを語る。妻嫗(おうな)、悦ぶことかぎりなし。子生むべき齢(よはひ)にもあらねど、いくばくもなくて懐妊、十月なりて、平らかに男子生みつ。

その子、三歳になる。翁、え抱き上げず、極めて重し。力極めて強し。年十五歳になるに、四・五尺の石を一人してゆるがす。この子まうけて後、翁・嫗(おうな)ことふれて、屋、豊かなり。

この子、十六になるに、法師になして、元興寺にやる。その寺の僧となりて、年ごろその寺に住む。鐘撞(つ)く人、このころ、夜々、鬼来たり取り食ふ。これによりて、人怖ぢて、鐘を撞かずなりぬ。

やうやう年中になりぬれば、この尾張翁のこの法師、名をば道丈法師2)となむいひける。寺の大衆に申すやう、「初夜・後夜の鐘と撞きて行ずることなり。しかるを、この寺の鐘、鬼のために妨げられて久しう撞かず。すでに仏法絶えぬるがごとし。おのれ、鐘撞きにまかりなりて、もし、鬼のために食はれずは、この寺の鐘、もとのごとくに撞かせむ」と、請け乞ひければ、大衆のいはく、「いみじく、かしこきことなり」と言ひて、やくなきことなれど、力を憑(たの)みて、この鐘を請け乞ふ。

悦びながら、楼に登りて、初夜の鐘をつく。寺の大衆、耳を立てて聞く。また、後夜の鐘をつき立てり。

すでに、撞き果てむとするほどに、東の山の方より、そそ風吹き、雨少し降りて、物の来にす。五月の晦のことなれば、いみじう闇、すでに物来ぬ。何とも見えぬ物の、大きなるが来て、取りかかれば、髪を取りて、うち伏して、踏まへつ。鬼は放れむ放れむとすれども、強く踏まへたれば、頭のひしぐるやうにすれば、鬼は手まどひすることかぎりなし。

夜はただ明けに明け、例撞くほどよりも、鐘を明う撞きて、久しう撞く。鬼、しわびて、爪をもつて、髪際(かうぎは)を断ちて、引き抜きて逃げぬ。

明けて後に、血を尋ねて、往きて見れば、山の奥に大なる□かや3)あり。石を引きのけて見れば、血のみ多くこぼれて、物はなかりけり。

それより後、寺は平らかなりて、□4)ことなかりけり。その鬼皮は、今に蔵に納めて、あの御寺にあり。毛、怖しげに生ひたり。

翻刻

昔尾張国ニ弘(アラ)田返立ル翁アリ田ヲ打立ル間ニニハカニ神ナリテ落ヌ見ハイカツ
チ童ノ様ニテ谷ニニオトリ入テマトフ翁クハヲササケテ打トテス電翁ニ云我ヲ打
事ナカレ空ニ上タラハ汝カ子ト成テ来ト云ケレハ翁子モ无リケレハクハヲ取テ電ヲ
桑ノ木ノ本ニカキヨセテ其桑木ヲ便トシテ空ニ登ヌ翁帰テ妻ニ此由ヲ語ル妻オウナ/d25

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1192812/25

悦事限无シ子生ヘキ齢ニモ非ネトイクハクモ无テ壊任十月成テ平ニ男子生ツ其子三歳
ニ成ル翁エタキアケス極テ重シ力極テツヨシ年十五歳成ニ四五尺ノ石ヲ一人シテユル
カス此子儲テ後翁オウナ事触(フレテ)屋ユタカナリ此子十六ニ成ニ法師ニ成テ元興寺ニ
ヤル其寺ノ僧ト成テ年来住其寺鐘付人此コロ夜々鬼来取食依之人怖テ鐘ヲ
付不ス成ヌ漸々年中ニ成ヌレハ此尾張翁ノ此法師名ヲハ道丈法師トナム云ケル寺ノ
大衆ニ申様初夜後夜ノ鐘ト付テ行スル事也然ヲ此寺ノ鐘鬼タメニサマタケラレテ久ウ
不付已ニ仏法絶ヌルカ如シオノレ鐘付ニ罷成テ若シ鬼ノタメニ食ハレスハ此寺ノ鐘如本ニ
付セムトウケ乞ケレハ大衆ノ云クイミシク賢事也ト云テ无益事ナレト力ヲ憑テ此鐘ヲウケ
コフ悦ナカラ楼ニ登テ初夜ノ鐘ヲ付ク寺ノ大衆耳ヲ立テ聞ク又
後夜ノ鐘ヲ付キ立リ已付ハテムトスル程ニ東ノ山ノ方ヨリソソ風吹雨スコシ降テ物ノ
来ニス五月ノ晦ノ事ナレハイミシウ闇已ニ物キヌナニトモ不見物ノノ大キナルカキテ取
懸ハ髪ヲ取テ打伏テフマヘツ鬼ハ放レム々トスレトモツヨクフマヘタレハ頭ノヒシクル様ニスレハ鬼
ニハ手迷ヒスル事限ナシ夜ハ只明ニ々例付程ヨリモ鐘ヲ明ウ付キテ久ウ付鬼シワヒテ
爪ヲ以テカウキハヲ断テヒキヌキテ逃ヌ明テ後ニ血ヲ尋テ往テ見レハ山ノ奥ニ大ナル
□カヤ有石ヲヒキノケテ見ハ血ノミ多クコホレテ物ハナカリケリ其ヨリ後寺ハ平ラカナリテ
□事无カリケリ其鬼皮ハハ于今蔵ニ納メテアノ御寺ニアリ毛怖ゲニ生タリ/d26

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1192812/26

1)
底本、「弘」に「アラ」と読み仮名。
2)
『日本霊異記』上3によると「道場法師
3)
底本「□かや」一字破損。中島悦次『打聞集』(白帝社・昭和36年9月) は「塚屋(つかや)」と試読。
4)
底本一字程度破損。
text/uchigiki/uchigiki14.txt · 最終更新: 2018/05/08 21:39 by Satoshi Nakagawa
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