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text:towazu:towazu4-06

とはずがたり

巻4 6 二十日あまりのほどに江の島といふ所へ着きぬ・・・

校訂本文

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二十日あまりのほどに江の島といふ所へ着きぬ。所のさま、おもしろしとも、なかなか言の葉ぞなき。漫々たる海の上に離れたる島に、岩屋どもいくらもあるに泊まる。これは千手の岩屋といふとて、薫修練行(くんじゆれんぎやう)も年たけたりと見ゆる山伏一人、行なひてあり。霧1)の籬(まがき)、竹の網戸、おろそかなる物から、艶なる2)住まひなる。かく3)山伏経営(けいめい)して、所につけたる貝つ物など取り出でたる。こなたよりも、供とする人の笈(おひ)の中より、都のつととて、扇(あふぎ)など取らすれば、「かやうの住まひには、都の方も言伝(ことづて)なければ、風の便りにも見ず侍るを、今宵なむ昔の友に会ひたる」など言ふも、「さこそ」と思ふ。ことは4)何となく、みな人も静まりぬ。

夜も更けぬれども、はるばるきぬる旅衣(たびごろも)5)、思ひ重ぬる苔筵(こけむしろ)は夢結ぶほどもまどろまれず。人には言はぬ忍び音も、袂(たもと)をうるほし侍りて、岩屋のあらはに立ち出でて見れば、雲の波、煙の波も見え分かず。夜の雲おさまり尽きぬれば、月も行く方なきにや、空澄みのぼりて、「まことに6)二千里の外(ほか)まで尋ね来にけり7)」と思ゆるに、後ろの山にや、猿の声の聞こゆるも、腸(はらわた)を断つ心地して、心の中(うち)の物悲しさも、ただ今始めたるやうに思ひ続けられて、「一人思ひ一人歎く涙をも干す便りにや」と、都の外(ほか)まで尋ね来しに、「世の憂きことは忍び来にけり8)」と悲しくて、

  杉の庵(いほ)松の柱に篠簾(しのすだれ)憂き世の中をかけ離ればや

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よもすからいあかしてとりのねにもよほされていて侍き廿
日あまりのほとにゑのしまといふ所へつきぬ所のさまおもしろ
しともなかなかことの葉そなきまんまんたるうみのうへに
はなれたるしまにいはやともいくらもあるにとまるこれはせん
しゆのいはやといふとてくんしゆれんきやうもとしたけ
たりとみゆる山ふし一人をこなひてありきかのまかきたけの
あみとおろそかなる物かからんなるすまゐなるかか山ふし
けいめいして所につけたるかいつ物なととりいてたるこ
なたよりもともとする人のをいのなかより都のつととて
あふきなととらすれはかやうのすまゐには宮このかたもことつて/s170r k4-8
なけれは風のたよりにもみす侍るをこよひなむむかしの
ともにあひたるなといふもさこそと思ふことはなにとなくみな人
もしつまりぬ夜もふけぬれともはるはるきぬる旅ころも
おもひかさぬるこけむしろはゆめむすふほともまとろまれ
す人にはいはぬしのひねもたもとをうるをし侍ていはやの
あらはにたちいててみれはくものなみ煙のなみもみえわかす
夜の雲おさまりつきぬれは月もゆくかたなきにや空
すみのほりてさ(まこ歟)とに二千里のほかまてたつねきにけり
とおほゆるにうしろの山にやさるのこゑのきこゆるもはら
わたをたつ心ちして心のうちの物かなしさもたたいま
はしめたるやうにおもひつつけられてひとりおもひひとり/s170l k4-9

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/170

なけく涙をもほすたよりにやと都のほかまてたつねこし
に世のうき事はしのひきにけりとかなしくて
   すきのいほまつのはしらにしのすたれうき世の中をかけはなれはや/s171r k4-10

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/171

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1)
「霧」は底本「きか」。
2)
「物から、艶なる」は底本「物かからんなる」。
3)
「かく」は底本「かゝ」。
4)
「言葉」と読む説もある。
5)
『伊勢物語』九段「唐衣着つつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ」。
6)
「まことに」は底本「さ(まこ歟)とに」。「さ」に「まこ歟」と傍書。
7)
『白氏文集』八月十五日夜禁中独直対月憶元九「三五夜中新月色 二千里外故人心」。
8)
『源氏物語』総角「鳥の音も聞こえぬ山と思ひしを世の憂き事は尋ね来にけり」。
text/towazu/towazu4-06.txt · 最終更新: 2019/09/19 13:39 by Satoshi Nakagawa