とはずがたり
巻3 31 ありし赤子引き隠したるもつつましながら物思ひのなぐさめにもとて・・・
校訂本文
ありし赤子、引き隠したるもつつましながら、物思ひのなぐさめにもとて、手も返りぬれば、走り歩(あり)き、物言ひなどして、何の憂きもつらさも知らぬも、いと悲し1)。
さても、兵部卿2)さへ憂かりし秋の露に消えにしかば、あはれもなどか深からざらむなりしを、思ひあへざりし世のつらさを歎く暇なさに、思ひ分かざりしにや、菅(すが)の根の長き日暮らし、まぎるることなき行ひのついでに思ひ続くれば、「『母の名残は一人とどまりしに』など、今ぞあはれに思ゆるは、心のどまるにや」と思ゆる。
やうやうの神垣(かみがき)の花ども盛りに見ゆるに、文永のころ、天王3)の御歌とて、
神垣に千本(ちもと)の桜花咲かば植ゑおく人の身も栄へなむ
といふ示現ありとて、祇園の社(しや)4)におびたたしく木ども植ゆることありしに、まことに神の託し給ふことにてもあり、また、「わが身も神恩をかうぶるべき身ならば、枝にも根にもよるべきかは」と思ひて、檀那院の公誉僧正5)、阿弥陀院の別当にておはするに、親源法印といふは大納言の子にて、申しかよはし侍るに、かの御堂の桜の枝を一つ乞ひて、如月の初午の日、執行権長吏法印ゑんやうに、紅梅の単文(ひとへもん)・薄衣(うすぎぬ)、祝詞(のと)の布施に賜びて、祝詞申させて、東の経所の前にささげ侍りしに、縹(はなだ)の薄様の札にて、かの枝に付け侍りし。
根なくとも色には出でよ桜花契る心は神ぞ知るらん
この枝生ひ付きて、花咲きたるを見るにも、「心の末はむなしからじ」と頼もしきに、千部の経を初めて詠み侍るに、さのみ局ばかりはさしあひ、何かのためもはばかりあれば、宝塔院の後ろに二つある庵室(あんじち)の東(ひんがし)なるを点じてこもりつつ、今年も暮れぬ。
翻刻
ありしあかこひきかくしたるもつつましなから物おもひのなく さめにもとて年もかへりぬれははしりありき物いひなとして 何のうきもつらさもしらぬもいにかなしさても兵部卿さへう かりし秋の露にきえにしかはあはれもなとかふかからさらむな りしをおもひあへさりし世のつらさをなけくひまなさにおもひ わかさりしにやすかのねのなかきひくらしまきるる事なきをこな/s147l k3-69
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/147
ひのつゐてにおもひつつくれはははのなこりはひとりととま りしになといまそあはれにおほゆるは心のとまるにやとお ほゆるやうやうの神かきの花ともさかりにみゆるに文永の ころ天王の御哥とて 神かきに千本のさくら花さかはうへをく人の身もさかへなむ といふしけんありとてきをんのしよにをひたたしく木とも うゆることありしにまことに神のたくし給事にてもあり 又我身も神をんをかうふるへき身ならはゑたにもねにも よるへきかはとおもひてたんな院の二よ僧正あみた院の 別当にておはするにしん源法印といふは大納言の子 にて申かよはし侍にかの御たうのさくらの枝を一こひて/s148r k3-70
きさらきのはつむまの日しゆ行権ちやうりほうゐんゑん やうにかうはいのひとへもんうすきぬのとのふせにたひて のと申させて東のきやう所のまへにささけ侍しにはなた のうすやうのふたにてかの枝につけ侍し ねなくとも色にはいてよさくら花ちきる心は神そしるらん この枝をいつきて花さきたるをみるにも心のすゑはむなし からしとたのもしきに千ふのきやうをはしめてよみ侍にさ のみつほねはかりはさしあいなにかのためもははかりあれは ほうたう院のうしろに二あるあんしちのひんかしなるをてん してこもりつつことしもくれぬ又のとしのむ月のすゑに/s148l k3-71