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text:towazu:towazu3-18

とはずがたり

巻3 18 この暮れには有明の光も近きほどと聞けども・・・

校訂本文

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この暮れには有明1)の光2)も近きほどと聞けども、その気にや、昼より心地も例ならねば、思ひ立たぬに、更け過ぎて後おはしたるも、思ひ寄らずあさましけれど、心知るどち二・三人よりほかは立ちまじる人もなくて、入り奉りたるに、夜べのおもむきを申せば、「とても身に添ふべきにはあらねども、ここさへいぶせからむこそ口惜しけれ。かからぬ例(ためし)も世に多きものを」とて、「いと口惜し」と思したれども、「御はからひの前は、いかがはせむ」など言ふほどに明け行く鐘とともに、男子(をのこご)にてさへおはするを、何の人形(ひとがた)とも見え分かず、かはゆげなるを、膝にすゑて、「昔の契り浅からでこそ、かかるらめ」など、涙もせきあへず、大人にものを言ふやうに口説き給ふほどに、よもはしたなく明け行けば、名残を残して出で給ひぬ。

この人をば、仰せのままに渡し奉りて、ここには何の沙汰もなければ、「露消え給ひにけるにこそ」など言ひて後は、いたく世の沙汰も、けしからざりし物言ひもとどまりぬるは、思し寄らぬくまなき御心ざしは、公私(おほやけわたくし)ありがたき御ことなり。

御心知る人のもとより、沙汰し送ることども、「いかにも隠れなくや」と、いとわびし。

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このくれにはあり明の光もちかきほとときけともその
けにやひるより心地もれいならねはおもひたたぬに/s134r k3-42
ふけすきてのちおはしたるもおもひよらすあさまし
けれと心しるとち二三人よりほかはたちましる人も
なくて入たてまつりたるによへのをもむきを申せはと
ても身にそふへきにはあらねともここさへいふせからむこそ
口をしけれかからぬためしも世におほきものをとて
いと口おしとおほしたれとも御はからひのまへはいかかは
せむなといふほとにあけ行かねとともにをのここにて
さへおはするをなにの人かたとも見えわかすかはゆけなる
をひさにすへてむかしの契あさからてこそかかるらめなとな
みたもせきあへすおとなに物をいふやうにくどき給
ほとによもはしたなくあけ行はなこりをのこして/s134l k3-43

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/134

いてたまひぬこの人をはおほせのままにわたしたてまつ
りてここには何のさたもなけれは露きへ給にけるに
こそなといひて後はいたく世のさたもけしからさりし
ものいひもととまりぬるはおほしよらぬくまなき御心さし
はおほやけわたくしありかたき御ことなり御心しる人のもと
よりさたしをくることともいかにもかくれなくやと
いとわひし十一月六日のことなりしにあまりになる/s135r k3-44

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/135

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1)
有明の月
2)
子供。「児」の誤写とする説もある。
text/towazu/towazu3-18.txt · 最終更新: 2019/08/17 19:18 by Satoshi Nakagawa