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text:tosanikki:se_tosa30

土佐日記

1月21日 室津〜不明

校訂本文

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二十一日、卯の時ばかりに船出だす。みな人々の船出づ1)。これを見れば、春の海に秋の木の葉しも散れるやうにぞありける。おぼろげの願(ぐわん)によりてにやあらむ、風も吹かず、よき日出で来て、漕ぎ行く。

この間に、「つかはれむ」とて、付きて来る童(わらは)あり。それが歌ふ舟歌、

  なほこそ国の方はみやらるれ

  わが父母(ちちはは)ありとし思へば

  かへらばや

と歌ふぞあはれなる。

かく歌ふを聞きつつ漕ぎ来るに、黒鳥(くろとり)といふ鳥、岩の上に集まりをり。その岩のもとに、波白くうち寄す。楫(かぢ)取りの言ふやう、「黒鳥のもとに白き波を寄す」とぞ言ふ。この言葉、何とにはなけれども、ものいふやうにぞ聞こえたる。人のほどにあはねば、とがむるなり。

かく言ひつつ行くに、船君(ふなぎみ)なる人2)、波を見て、国よりはじめて、海賊く報いせむといふなることを思ふ上に、海のまた恐しければ、頭(かしら)もみな白(しら)けぬ。七十(ななそぢ)、八十(やそぢ)は海にあるものなりけり。

  わだ髪の雪と磯辺の白波といづれまされり沖つ島守

楫取り言へ。

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翻刻

廿一日うのときはかりにふねいたすみな
ひとひとのふ(ね字落歟)いつこれをみれははる/kd-29r
のうみにあきのこのはしもちれるや
うにそありけるおほろけの願によりて
にやあらむかせもふかすよきひいてきて
こきゆくこのあひたにつかはれむとてつき
てくるわらはありそれかうたふふな
うたなほこそくにのかたはみやらるれ
わかちちははありとしおもへはかへらは
やとうたふそあはれなるかくうたふ
をききつつこきくるにくろとりと/kd-29l

https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100421552/29?ln=ja

いふとりいはのうへにあつまりをりそ
のいはのもとになみしろくうちよす
かちとりのいふやうくろとりのもとに
しろきなみをよすとそいふこのこと
はなにとにはなけれともものいふや
うにそきこへたるひとのほとにあは
ねはとかむるなりかくいひつつゆく
にふなきみなるひとなみをみて
くによりはしめてかいそくむくゐせむ/kd-30r
といふなることをおもふうへにうみの
またおそろしけれはかしらも
みなしらけぬななそちやそちはうみ
にあるものなりけりわかかみのゆきと
いそへのしらなみといつれまされりおき
つしまもりかちとりいへ/kd-30l

https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100421552/30?ln=ja

1)
底本「船出づ」は「ふいつ」に「ね字落歟」と注記。注記により訂正。
2)
紀貫之
text/tosanikki/se_tosa30.txt · 最終更新: 2023/09/20 13:16 by Satoshi Nakagawa