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text:shaseki:ko_shaseki09b-09

沙石集

巻9第9話(118) 霊の仏法物語を託する事

校訂本文

洛陽にある女房、霊病ありければ、種々に祈りけれども、有験の者をもあざむき笑ひければ、力及ばで、果てはうち捨ててけり。

「東山観勝寺の上人1)の符を懸けさすれば、物狂ひの者も験(しるし)あり」と聞こえければ、かの符を懸けさせんとするに、うち笑ひて、「かの符もわれ知る。彼は法成就の人なり。道心ある人なれは貴し。高く置け」とて置かす。また、ある上人の符とて、懸けさせんとすれば、「あら、かたはらいた」とて、笑ひけり。「これもわれ知れり。ただし、秘事なれば言はじ」と言ふ。またある名僧の符を見て、唾(つばき)をかけて、足にて踏みにじりて捨つ。「いかに。これも仏法にてこそあるらめ」と言へば、「名利の心あて、仏法を売る方の汚なきを踏むなり。仏法の方をば踏まず」と言ひけり。

かくのごとく言ふを聞きて、「これほど仏法の道理も知り給へるに、よしなく人を悩まし、霊となり給ふこといかに」と問へば、「まことに不審する所言はれたり。ただし、仏法は真実の道心ありてこそ、生死を離れ悟りを開くことなれ。いかに学し行ずれども、名利・執着の心ありて、まことの菩提心なければ、魔道を出でず。われは一代の聖教、一つも不審なく知れり。しかるに、道心なくして、今に出離せず。わづかに紙一重隔たりて覚ゆるなり。われは天台山の立ち始まりし時の者なり」と語る。

さて、当世の智者と聞こゆる人のことを問へば、みないふかひなく言へり。東福寺の上人2)、開山のことを問へば、「それは末代にありがたき智者なり。それもいまだ三昧は発せず」と言ふ。

かかる霊と聞きて、ある遁世者、「仏法問はん」とて来けるを、その家へいまだ行き着かで、道を来るを知りて、「かの僧が、われにもの問はんとて来たる。かたはらいたし」と言ひけるを伝へ聞きて、道より帰りにけり。また、かの夫、ゆかりある僧の真言師なるを、「祈祷のために、高野へ請じに人をやらん」とて、内にて状を書くを知りて、「何しにつかはす。人苦しめにかの僧来てもよしなし」と言ひければ、止(とど)めてけり。

ある時、北野に参籠したりけるに、持経者の経読むを聞きて、簾中より走り出でて、「この僧が頭をはりて、「あら、聞きたからずの声ざしの恐しさや。これ体(てい)に読むは、経読むと言ふか」と言ふ。見れば若き女房の尋常なるなり。「さて、いかに読み候ふぞ」と言へば、「いで、読みて聞かせん」とて、経の文をさらさらと読みて、一段づつその意(こころ)を、えもいはず釈しければ、まことに法門の道理明らかに申し立てて、貴(たと)く聞こえけり。聞く人みな随喜しけり。持経者も信心をいたし、奇特の思ひをなしけり。

このことは、十年ばかりがうちのことなり。丹後の国の人とやらん承りき。

この霊の申しけること、聖教の道理にかなへり。まことに多聞と智慧とは別のものなり。世の常は多聞の人を智者と思ひあへり。しかるに、七種の聖財とて、信と戒と慚と愧と多聞と智慧と捨離といへり。多聞といふは、広く内外の典籍を習ひ、あまねく権実の教門をわきまへたるがごとし。かかる人も、名聞・利養・我相・憍慢ありて、真実の戒も智慧も道心もなければ、みな魔道に落ち、邪路に入るなり。ゆゑに経にいはく、「雖有色族及多聞、若無戒智猶禽獣。雖処卑賤小聞見、有戒智恵名勝士。(色族多聞有りといへども、若し戒智無ければ猶ほ禽獣のごとし。卑賤小聞見に処すといへども戒智恵有れば勝士と名づく。)」と。文の意は、富貴にして容貌妙(たえ)に広学多聞なりとも、戒も智もなからん人は鳥獣のごとし。卑賤にして寡聞なりとも、戒智あらば勝れたる人なるべしと。まことにしかるへきことなり。

諸道の昇沈は戒の持毀(ぢき)により、見仏不見仏は乗の緩急にまかせたりと言ひて、悪趣を離れ善処に生ずることは、戒により悟りを開き、仏を見ることは智慧による。戒と智と、まことに宝なるべし。多聞の益少なし。ただ如実の智を得る方便なるべし。一向は非すべからず。されば、聖財の中には入りたるなり。

たた名利の思ひをやめ、憍慢の心なくば、利他の益も興隆の徳もありぬべし。首楞厳経にいはく、「心を摂するを戒とし、戒によて定(ぢやう)を生じ、定によて慧(ゑ)を生ず。六道の衆生、その心淫せざれば、生死相続せず。淫心の起こらざれば、生死出づべからず。たとひ、多智禅定現前すとも、もし淫を断ぜずは、必ず魔道に落つ。上品は魔王、中品は魔民、下品は魔女となりて、みな徒衆(としゅ)ありて、おのおの無上道をなれりと思はん。われ滅度の後、末法の中に、この魔民多くして、世間に熾盛(しじやう)ならん。広く貪淫(とんいん)を行じて、善知識として、諸の衆生をして、愛見の坑(あな)に落し、菩提の道を失せん」と説けり。心に淫を断たざる、なほ魔道に落つ。いはんや、身にも行じて慚愧なからんをや。余の盗殺妄(たうせつまう)も、心に起こすは、生死出づべからずと言へり。

この説を見るに、凡夫の心、誰(たれ)かこの心を断たん。真実に道念あつて、対治の行を修し、覚観の念なからん人、やうやく断ずべし。論蔵の中に、「四重禁の家を作るに、四つの柱なければ立たざるがごとし」とて、三乗の依住の処なるよし見えたり。四根本をもつては、三乗の依住と言へり。いづれの行者も、これを恐れ慎しむべし。私(わたくし)にこれを一文字にて釈していはく、恐しく殺、汚なく盗、おしく淫、むつかしき妄物なるをや。

ゆゑに、法性寺の禅定殿下の御時、御内の女房に霊つきて、さまざまのこと申しけるに、「中古の智者の聞こえありし諸宗の名人、多く魔道にあり。明慧房3)・解脱房4)ぞ、いづちへ行きたるやらん、見えぬ」と言ひける。真実の智者・道心者と聞こえしかば、さも侍らん。

大唐の国清寺は、天台大師5)の旧跡なり。唐の代に、豊干禅師の行者拾得(じつとく)、常に寒山子とともなひ、狂せるに似たる人なり。まことには普賢・文殊の化身なりける。寺の僧、布薩(ふさつ)説戒しけるを見て、「幽々たるかな。頭を集めて何事をかなす」と言ひて、牛を駆りて、堂の外にて笑ひけるを、老僧怒りて、「風狂子、わが説戒を破す」と言ひける返事に、「無瞋即是戒。心浄即出家。我性与汝合。一切法如是。(嗔ることなき即ちこれ戒。心浄き即ちこれ出家。我性汝と合す。一切の法かくのごとし。)」と言ひて、牛を駆りて、昔の僧の名を呼ぶに、牛、いらへ吠えて過ぎけり。「前生に戒を持(たも)たざれば、人面にして畜の心なり。仏恩大なりといへども、かくのごとき物をは、いかにとすることなし」と言ひて、泣く泣く牛を飼ひけり。

およそ、一念の心中に十果の性あり。地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天・声聞・縁覚・菩薩・仏界なり。性といふは、色・形見えねども、その体性天然として改まらずして、内にあるをいふなり。花の中に菓たるべき性あり、木の中に燃ゆべき火の性あるがごとし。縁に会ひ時にいたて現はるるを相といふなり。縁なければ現はれず。その縁といふは、善悪の業なり。十悪の上中下は、地獄・鬼畜の縁となり、三悪道の相現はる。十善の下中上は、修羅・人天の縁となり、三善道の相現はれ、四諦十二因縁は、二乗の縁となり、六度無相の行は、菩薩仏界の縁となる。

しかれば、前世の十善の業因、今生の人身の果を得たり。今生の心中に思ひ染み、作り置く善悪の業因、秤(はかり)の物を計るがごとくして、まづ重き業、その果を感ずべし。かの寺の僧、過去に人身を得て僧となれりといへども、戒智なく、信施消せずして、畜生の業、心にありけるゆゑに、人身破れて畜生と現はる、これをもつて思ふに、今の世の人は彼に及びがたし。虚受信施の報、多くは6)地獄に落つべきをや。当来の果は今生の心にて知るべし。

昔、僧護比丘、海辺に寺ありと見て、中食せんとす7)。見れば、銅の湯を引く。僧、これを飲みて、身も寺も焼けぬ。かくのごとくして、五十余の寺を見る。帰りて、仏8)に申すに、「かれは迦葉仏の滅後の破戒の比丘の地獄なり」とのたまふ。また、国清寺の僧、定を修するあり。定中に塩現じて定を障(さ)ふ。これは、常住の塩を少分借りて、忘れて返さざりけるゆゑに、障となりにけり。また、ある寺の長老、常住の物を借りて、客人に与へて、返さずして、寺の奴(やつこ)となることありき。

南山律師9)いはく、「一鉢の食をはかるに、一鉢の血より出でたり。汗はこれ肉の中にては血なり。皮に隔てられて澄めるゆゑに汗となる。しかれば、汗はすなはち血なり」。はじめ田かへすより、苦しみ営む。口に入るまでのわづらひ、いくばくぞや。

定家の卿10)の詠にも、この意(こころ)を詠み給へり。

  春の苗代秋の刈穂(かりほ)のぞめきまで苦しく見ゆるしづのをだまき

書にいはく、「一食するごとに稼穡艱辛を思へ。一衣するごとに紡績の劬労を念へ云々」。まことに道を行じ罪を恐るる人は、このことを慎しむべし。永嘉大師11)は、「耕鋤にあらざるを食とし、蚕口にあらざるを衣とす」と言ひて、牛馬人の力を入れたるものを用ゐず、絹の類を着給はざりけり。僧は信施のゆゑに、ことに重し。人の苦しみより出でたることは同じければ、在家の人もこのことをわきまへて、仁義礼智信の五常を守(まぼ)り国を安くし、民をあはれみ、人のわづらひ物の費えを知り、欲少なく、情あるべきに、仁慧ある人は末代に少なくこそ聞こゆれ。

仁慧なき王をば、書の中には「碩鼠碩鼠わが悦を食ふ」と言ひて、大きなる鼠の、五穀をいたづらに食するに喩ふ。国王は天下の父母として、万人を哀れみやすくせんためなり。百官、またその一のことをつかさどりて、王の政(まつりごと)を助け奉れば、王の心を学ぶべし。しかるに、仁義なくして、いたづらに国を費すこと鼠のごとしと言へり。

また、大海の底に穴あり。これを尾閭といふ。諸河の水、日夜に入れども、かの穴に入りて失するゆゑに、海水増せず。四海の民、農桑12)して王に奉るを用ゐ尽くすに喩ふ。官禄を受けながら、君に忠なく、民に慧なくして、いたづらに国を費し民を悩ますは、第二の戒の戒むる所に当る。

しかれば、みな未来につぐのふべきなり。僧衆の経法にそむくのみにあらず、俗人の律令に違することこれ多し。道俗ともに欲心浅く智恵深くば、おのづから法令にかなひぬべし。末代は年に従ひて、情なく欲深く徳薄く智浅し。何としてか先賢の教へに従ひ、古聖の戒めにかなはん。ただ三毒五欲をほしいままにす。いかでか三途八難を離れん。悲しきかな。

それ智慧といふは、心むなしくして執着なきところなり。万法の因縁和合して、夢のごとく幻のごとく、有と言はんとすれば色もなく質もなく、無と言はんとすれば慮あり想あり。因縁和 合すれば、十界の依正(えしやう)仮(かり)なりといへども因果定まりあり。凡聖、品異なり。このゆゑに、内には万法の性空を達して着想なく、外には因縁の仮相たがはざることをわきまへて、信心あらば仏の御意にかなふべし。

一切の相、みな幻化(げんげ)なり。地獄より仏界まで、幻(まぼろし)にあらずといふことなし。ただし、六趣の幻は、妄情より化して、煩悩業苦、まことに悲しき幻なり。四聖の幻化は真性より起こる。妙用の幻化にて、利生方便まことに妙(たへ)なり。

同じく幻化なりといへども、差別なきにあらず。「善能分別説法相。於第一本心不動」と言ふ、この意なるべし。肇論いはく、「幻化の人、無にあらず。幻化はこれ実にあらず」と言へり。幻化を実と思ふは、偏計の妄情なり。幻化も無しと思ふは、断無の邪見なり。このゆゑに、「実際の理地には、一塵も受けず。仏事門の中に一法を捨てず」と言へり。まことなるかな。

そのかみ、東大寺法師にて、信救得業13)とて、才覚の仁ありけり。朗詠注14)などしたる者なり。山法師15)のことを、一巻の真言に作りて、陀 羅尼を説きていはく、「唵山法師、腹黒腹黒、欲深欲深、あらにくや娑婆訶」と作れり。「信救ぞしつらん」とて、山法師、憤り深かりければ、本寺を離れて、田舎に住みけりと言へり。

これを思ふに、唵(をん)の下を取り替へて、奈良法師・京法師・田舎法師も、俗士も、女人も、老少貴賤、取り替へ取り替へ書き入れぬべき世の中なり。

義浄三蔵のいはく、「聖教八万要唯有二。内凝真知見境倶棄、外順俗途奉禁亡辞。(聖教八万要は唯二つ有り。内には真知を凝らして見境倶に棄て、外には俗途に順して禁を奉じて辞を亡す)」。言ふ意は、内には、能見の智を立てず、所見の境を存せずして、昏散ともにのぞこり、寂照ならびて現ずべし。外には、深く因果の理(ことわり)を信じ、縁起の相を破らずして、禁戒を守(まぼ)り、旧業(くごふ)を消せと言へり。まことに仏法の肝心なるべし。

天台の師16)のいはく、「真の無生の人は、福をそらなさず。いはんや罪をや」と。智論17)いはく、「『菩薩、実相に住する時、一法も得ずは、戒を破るべしや』。答へていはく、『実相に住するがゆゑに、なほ福を作らず。いはんや罪をや』。またいはく、『空に二つあり。一つには悪空。諸法は空なりと言ひて、心をほしいままにして悪を作る。二つには善空。諸法の空を知りて、悪を恐れ、善を行ず。善は空に順じ、悪は空に違(たが)ひぬるゆゑなり』」と言へり。

悪見の人の意、法性の道理にそむけり。空といふは無着の心、万法の不可得の理を達する姿なり。不可得ならば執着あるべからず。水月鏡像を貪18)せざるがごとし。すでに悪を作る、着19)なきにあらず。もしなせども着なしと言はば、着なくばなして何かせん。また、空なるゆゑになすと言はば、善も空なり。これをなすべし。しかるに、悪見の人は、善をば厭ひてなさず、悪をば好みて作る。すでに愛恚(あいい)あり。何ぞ平等の道にかなはん。

また善は有相なりと言はば、悪はいよいよ有相なり。ただ妄情にのみかなひて、仏教の旨にそむけり。大乗の学者の中に、ままに妄見を起こす人あり。天台の止観20)の中にくはしく釈せり。「大乗の法に邪見を起こすは薬を毒になすがごとし」と言ふ。されば、醍醐の上味、世の珍たれども、悪見の人は毒薬とすと言へり。

古人いはく、「水月の道場に座し、空花の万行を修し、鏡像の天魔を降し、夢中の仏果を成す。」。これ真の教へなり。乞ひ願ふべき心行なり。悪見の人の心にかなはじかし。

起信論21)には、四つのことを信ずべしと言へり。真如と三宝となり。真如は三宝の妙体、三宝は真如の妙用なり。このほかに何事をか信ぜんや。天台22)いはく、「但信法性不信其餘(但し法性を信じて其の余を信ぜず)云々。」。この信、まことの道の源、功徳の母なり。

先達の申されしは、仏法に入るといふは、内には真如を信じ、外には因果を信ず、これ仏法の大意なり。この道理にそむきて、無礙の見を起こし、放逸のことを行ぜば、道人の儀にあらず。釈子の風をそむけり。仏法を学すといへども、魔業をまぬかるべからず。華厳経には、「菩提心なき業は、みな魔業となる」と言へり。霊の申しけること、経の意にかなへり。

これ、道人の亀鏡にそなへんために、経論の文を引きて、かの語を証明し侍り。行人の用意、学者の故実なるべし。よくよくわが心行を察して、魔業をなさずして、仏行を修すべし。喩ひ戒行おろそかなりとも、正見なるは福田の義あり。十輪23)・心地24)等の経に、「僧、宝とす」と見えたり。戒行全くとも、正見ならざるは、人の怨(あた)なり。福田の義なし。このよし、経論の中にくはしく判ぜり。

先徳のいはく、「発心僻越(びやくをつ)しぬれば、万行いたづらに施す」と。よくよくわきまふべし。無益の苦行は外道の法なるべし。

翻刻

  霊之詫仏法物語事
洛陽ニ有女房霊病有ケレハ種々ニ祈リケレトモ有験ノモ
ノヲモアサムキワラヒケレハ力ヲヨハテハテハウチステテケリ東山
観勝寺ノ上人ノ符ヲカケサスレハ物狂ノ者モ験シアリト聞ヘ
ケレハ彼符ヲカケサセントスルニウチ笑ヒテカノ符モ我知ル彼
ハ法成就ノ人也道心有人ナレハ貴シタカクヲケトテヲカス
又或上人ノ符トテカケサセントスレハアラカタハライタトテ笑
ヒケリ此モ我知レリ但秘事ナレハイハシト云又アル名僧ノ
符ヲ見テツハキヲカケテ足ニテフミニシリテ捨イカニコレモ仏
法ニテコソアルラメトイヘハ名利ノ心アテ仏法ヲ売ル方ノキタ
ナキヲフムナリ仏法ノ方ヲハフマスト云ケリカクノ如ク云ヲキ/k9-355r
キテコレホト仏法ノ道理モ知給ヘルニヨシナク人ヲ悩マシ霊
ト成給事何ニト問ヘハ誠ニ不審スル所云レタリ但シ仏法ハ
真実ノ道心アリテコソ生死ヲハナレ悟ヲ開ク事ナレ何ニ学シ
行スレトモ名利執著ノ心アリテマコトノ菩提心ナケレハ魔
道ヲ出ス我ハ一代ノ聖教一モ不審ナク知レリ然ルニ道心
ナクシテ今ニ出離セスワツカニ紙一重ヘタタリテ覚ル也我ハ天
台山ノ立始リシ時ノ者也トカタルサテ当世ノ智者ト聞ル人
ノ事ヲ問ヘハミナ云カヒナクイヘリ東福寺ノ上人開山ノ事
ヲ問ヘハソレハ末代ニ有カタキ智者ナリソレモ未タ三昧ハ発
セストイフカカル霊ト聞テ或遁世者仏法問ントテ来ケルヲソ
ノ家ヘ未タユキツカテ道ヲ来ヲ知テカノ僧カ我ニ物トハントテ
来ルカタハライタシトイヒケルヲ伝聞テ道ヨリ帰リニケリ又カノ/k9-355l

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夫ユカリアル僧ノ真言師ナルヲ祈祷ノタメニ高野ヘ請シニ
人ヲヤラントテ内ニテ状ヲカクヲ知テナニシニツカハス人クルシ
メニカノ僧来テモ由ナシトイヒケレハトトメテケリアル時北野ニ
参籠シタリケルニ持経者ノ経ヨムヲ聞テ簾中ヨリ走リ出テ
コノ僧カ頭ヲハリテアラキキタカラスノ声サシノオソロシサヤコレ
テイニヨムハ経ヨムトイフカトイフ見レハワカキ女房ノ尋常ナ
ルナリサテ何ニヨミ候ソトイヘハイテヨミテキカセントテ経ノ文
ヲサラサラトヨミテ一段ツツソノ意ヲヱモイハス釈シケレハ実ニ
法門ノ道理明ニ申立テタトク聞ヘケリ聞人ミナ随喜シケリ
持経者モ信心ヲ致シ奇特ノ思ヲナシケリ此事ハ十年計カ
中ノ事也丹後ノ国ノ人トヤラン承リキ此霊ノ申ケル事聖
教ノ道理ニカナヘリ実ニ多聞ト智慧トハ別ノ者也ヨノツネハ/k9-356r
多聞ノ人ヲ智者ト思アヘリ然ニ七種ノ聖財トテ信ト戒ト
慚ト愧ト多聞ト智慧ト捨離トイヘリ多聞ト云ハヒロク内外
ノ典籍ヲナラヒアマネク権実ノ教門ヲワキマヘタルカコトシカカ
ル人モ名聞利養我相憍慢アリテ真実ノ戒モ智慧モ道心
モナケレハミナ魔道ニオチ邪路ニ入也故ニ経云雖有色族
及多聞若無戒智猶禽獣雖処卑賤小聞見有戒智恵名
勝士ト文ノ意ハ冨貴ニシテ容貌タエニ広学多聞ナリトモ戒モ
智モナカラン人ハ鳥獣ノ如シ卑賤ニシテ寡聞ナリトモ戒智アラ
ハ勝タル人ナルヘシトマコトニシカルヘキ事也諸道ノ昇沈ハ
戒ノ持毀ニヨリ見仏不見仏ハ乗ノ緩急ニマカセタリトイヒ
テ悪趣ヲハナレ善処ニ生スル事ハ戒ニヨリ悟ヲ開キ仏ヲ見ル
コトハ智慧ニヨル戒ト智トマコトニ宝ナルヘシ多聞ノ益スクナ/k9-356l

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シ只如実ノ智ヲウル方便ナルヘシ一向ハ非スヘカラスサレ
ハ聖財ノ中ニハ入タル也タタ名利ノ思ヲヤメ憍慢ノ心ナクハ
利他ノ益モ興隆ノ徳モアリヌヘシ首楞厳経云心ヲ摂スルヲ
戒トシ戒ニヨテ定ヲ生シ定ニヨテ慧ヲ生ス六道ノ衆生其心
媱セサレハ生死相続セス媱心ノヲコラサレハ生死出ヘカラス
タトヒ多智禅定現前ス共若滛ヲ断セスハカナラス魔道ニオ
ツ上品ハ魔王中品ハ魔民下品ハ魔女ト成テミナ徒衆ア
リテヲノヲノ無上道ヲナレリト思ハン我滅度ノ後末法ノ中ニ
此魔民オホクシテ世間ニ熾盛ナランヒロク貪滛ヲ行シテ善知識
トシテ諸ノ衆生ヲシテ愛見ノ坑ニオトシ菩提ノ道ヲ失セント
説ケリ心ニ滛ヲタタサル猶魔道ニ落況ヤ身ニモ行シテ慚愧ナ
カランヲヤ餘ノ盗殺妄モ心ニヲコスハ生死出ヘカラストイヘリ/k9-357r
此説ヲ見ルニ凡夫ノ心タレカコノ心ヲタタン真実ニ道念ア
ツテ対治ノ行ヲ修シ覚観ノ念ナカラン人ヤウヤク断スヘシ論
蔵ノ中ニ四重禁ノ家ヲ作ニ四ノ柱ナケレハ立サルカコトシト
テ三乗ノ依住ノ処ナルヨシ見ヘタリ以四根本ハ三乗ノ依
住ト云リイツレノ行者モ是ヲ恐レツツシムヘシワタクシニコレ
ヲ一文字ニテ釈シテ云オソロシク殺キタナク盗オシク滛ムツカシ
キ妄物ナルヲヤ故ニ法性寺ノ禅定殿下ノ御時御内ノ女房
ニ霊ツキテサマサマノ事申ケルニ中古ノ智者ノキコヱアリシ諸
宗ノ名人多ク魔道ニアリ明慧房解脱房ソイツチヘユキタル
哉覧見ヘヌトイヒケル真実ノ智者道心者トキコヱシカハサモ
侍ラン大唐ノ国清寺ハ天台大師ノ旧跡ナリ唐ノ代ニ豊干
禅師ノ行者拾得ツネニ寒山子トトモナヒ狂セルニ似タル人/k9-357l

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也マコトニハ普賢文殊ノ化身也ケル寺ノ僧布薩説戒シケ
ルヲ見テ幽々タルカナ頭ヲアツメテ何事ヲカナストイヒテ牛ヲ
駈テ堂ノ外ニテワラヒケルヲ老僧イカリテ風狂子我カ説戒
ヲ破ストイヒケル返事ニ無瞋即是戒心浄即出家我性与
汝合一切法如是トイヒテ牛ヲカリテ昔ノ僧ノ名ヲヨフニ牛
イラヘホヱテスキケリ前生ニ戒ヲタモタサレハ人面ニシテ畜ノ心
也仏恩大ナリトイヘトモ如是物ヲハイカニトスル事ナシト云
テナクナク牛ヲカヒケリ凡ソ一念ノ心中ニ十果ノ性アリ地獄
餓鬼畜生修羅人天声聞縁覚菩薩仏界也性ト云ハ色
形見ヘネトモソノ体性天然トシテアラタマラスシテ内ニ有ヲ云ナ
リ花ノ中ニ菓タルヘキ性アリ木ノ中ニ燃ヘキ火ノ性アルカ如
シ縁ニアヒ時ニイタテアラハルルヲ相トイフナリ縁ナケレハアラハレ/k9-358r
スソノ縁ト云ハ善悪ノ業ナリ十悪ノ上中下ハ地獄鬼畜
ノ縁トナリ三悪道ノ相アラハル十善ノ下中上ハ修羅人天
ノ縁トナリ三善道ノ相アラハレ四諦十二因縁ハ二乗ノ縁
トナリ六度無相ノ行ハ菩薩仏界ノ縁トナル然レハ前世ノ
十善ノ業因今生ノ人身ノ果ヲヱタリ今生ノ心中ニ思ソミ
ツクリヲク善悪ノ業因秤ノモノヲハカルカコトクシテマツ重キ業
其果ヲ感スヘシカノ寺ノ僧過去ニ人身ヲエテ僧トナレリトイ
ヘトモ戒智ナク信施消セスシテ畜生ノ業心ニアリケル故ニ人
身ヤフレテ畜生トアラハル是ヲ以思ニ今ノ世ノ人ハカレニヲ
ヨヒカタシ虚受信施ノ報才多クハ地獄ニ落ヘキヲヤ当来ノ
果ハ今生ノ心ニテシルヘシ昔僧護比丘海辺ニ寺アリト見テ
中食サントス見レバ銅ノ湯ヲヒク僧是ヲ飲テ身モ寺モ焼ヌ/k9-358l

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如是シテ五十餘ノ寺ヲミル帰テ仏ニ申ニカレハ迦葉仏ノ滅
後ノ破戒ノ比丘ノ地獄也トノ給フ又国清寺ノ僧定ヲ修
スルアリ定中ニ塩現シテ定ヲサフコレハ常住ノ塩ヲ少分カリテ
ワスレテ返ササリケル故ニ障トナリニケリ又或テラノ長老常
住ノ物ヲ借テ客人ニアタヘテ返サスシテ寺ノ奴トナル事有キ
南山律師云ク一鉢ノ食ヲハカルニ一鉢ノ血ヨリ出タリ汗ハ
是肉ノ中ニテハ血也皮ニヘタテラレテスメル故ニ汗トナルシカ
レハアセハ即血也ハシメ田カヘスヨリクルシミイトナム口ニ入マ
テノワツラヒイクハクソヤ定家ノ卿ノ詠ニモ此意ヲヨミ給ヘリ
  春ノ苗代秋ノカリホノソメキマテクルシク見ユルシツノヲ
タマキ書ニ曰毎一食思稼穡艱辛ヲ毎一衣念紡績ノ劬
労云々誠ニ道ヲ行シ罪ヲオソルル人ハコノ事ヲツツシムヘシ永/k9-359r
喜大師ハ耕鋤ニアラサルヲ食トシ蚕口ニアラサルヲ衣トスト
イヒテ牛馬人ノ力ヲ入タルモノヲモチヰス絹ノ類ヲキ給ハサリ
ケリ僧ハ信施ノユヘニコトニヲモシ人ノ苦シミヨリ出タル事ハ
オナシケレハ在家ノ人モ此事ヲワキマヘテ仁義礼智信ノ五
常ヲマホリ国ヲヤスクシ民ヲアハレミ人ノワツラヒ物ノツイヘヲ
シリ欲スクナク情有ヘキニ仁慧アル人ハ末代ニスクナクコソキ
コユレ仁慧ナキ王ヲハ書ノ中ニハ碩鼠碩鼠我悦ヲ食トイヒ
テ大ナル鼠ノ五穀ヲ徒ニ食スルニタトフ国王ハ天下ノ父母
トシテ万人ヲ哀レミヤスクセンタメナリ百官又ソノ一ノ事ヲ主
トリテ王ノ政ヲタスケ奉レハ王ノ心ヲマナフヘシ然ニ仁義ナク
シテ徒ニ国ヲツイヤス事ネスミノコトシトイヘリ又大海ノ底ニ穴
アリコレヲ尾閭ト云諸河ノ水日夜ニ入レ共カノ穴ニ入テウ/k9-359l

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スル故ニ海水増セス四海ノ民農乗シテ王ニタテマツルヲモチヰ
ツクスニタトフ官禄ヲウケナカラ君ニ忠ナク民ニ慧ナクシテ徒ニ
国ヲツイヤシ民ヲナヤマスハ第二ノ戒ノイマシムル所ニアタル
然ハミナ未来ニツクノフヘキナリ僧衆ノ経法ニソムクノミニア
ラス俗人ノ律令ニ違スル事是オホシ道俗共ニ欲心アサク智
恵フカクハヲノツカラ法令ニカナヒヌヘシ末代ハ年ニシタカヒテ
情ナク欲フカク徳ウスク智アサシナニトシテカ先賢ノヲシヘニシタ
カヒ古聖ノイマシメニカナハンタタ三毒五欲ヲ恣ニス争カ三
途八難ヲハナレンカナシキ哉夫智慧ト云ハ心空クシテ執著ナ
キ処也万法ノ因縁和合シテ夢ノ如ク幻ノ如ク有ト云ントス
レハ色モナク質モナク無ト云ントスレハ慮アリ想アリ因縁和
合スレハ十界ノ依正カリナリトイヘトモ因果サタマリアリ凡聖/k9-360r
品コトナリコノユヘニ内ニハ万法ノ性空ヲ達シテ著想ナク外ニ
ハ因縁ノ仮相タカハサルコトヲワキマヘテ信心アラハ仏ノ御
意ニカナフヘシ一切ノ相ミナ幻化ナリ地獄ヨリ仏界マテマホ
ロシニ非スト云事ナシ但シ六趣ノ幻ハ妄情ヨリ化シテ煩悩業
苦誠ニカナシキ幻也四聖ノ幻化ハ真性ヨリオコル妙用ノ幻
化ニテ利生方便真ニタヘナリ同ク幻化也トイヘトモ差別ナ
キニアラス善能分別説法相於第一本心不動ト云此意
成ヘシ肇論曰幻化ノ人無ニアラス幻化ハ是実ニアラストイ
ヘリ幻化ヲ実ト思ハ偏計ノ妄情也幻化モナシト思ハ断無
ノ邪見也此故ニ実際ノ理地ニハ不受一塵モ仏事門中ニ
不捨一法ヲトイヘリ真ナル哉
ソノカミ東大寺法師ニテ信救得業トテ才覚ノ仁アリケリ朗/k9-360l

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詠注ナトシタル物也山法師ノ事ヲ一巻ノ真言ニツクリテ陀
羅尼ヲ説テ曰唵山法師腹黒々々欲深々々アラニクヤ娑
婆訶トツクレリ信救ソシツラントテ山法師イキトヲリフカカリ
ケレハ本寺ヲ離レテ田舎ニ住ケリトイヘリ是ヲ思ニ唵ノ下ヲ
トリカヘテ奈良法師京法師田舎法師モ俗士モ女人モ老
少貴賤トリカヘトリカヘカキ入ヌヘキ世中也
義浄三蔵ノ云聖教八万要唯有二内凝真知見境倶棄
外順俗途奉禁亡辞イフ意ハ内ニハ能見ノ智ヲタテス所見
ノ境ヲ存セスシテ昏散共ニノソコリ寂照ナラヒテ現スヘシ外ニハ
フカク因果ノ理ヲ信シ縁起ノ相ヲヤフラスシテ禁戒ヲマホリ旧
業ヲケセトイヘリ実ニ仏法ノ肝心ナルヘシ天台ノ師ノ言ク
真ノ無生ノ人ハ福ヲソラナサス況ヤ罪ヲヤト智論云菩薩/k9-361r
実相ニ住スル時一法モ得スハ戒ヲヤフルヘシヤ答イハク実
相ニ住スルカ故ニ猶福ヲツクラス況ヤ罪ヲヤ又云空ニ二有
一ニハ悪空諸法ハ空也ト云テ心ヲ恣ニシテアクヲツクル二ニ
ハ善空諸法ノ空ヲシリテ悪ヲ恐レ善ヲ行ス善ハ空ニ順シ
悪ハ空ニ違ヌルユヘ也トイヘリ悪見ノ人ノ意法性ノ道理ニ
ソムケリ空トイフハ無著ノ心万法ノ不可得ノ理ヲ達スル姿
ナリ不可得ナラハ執著アルヘカラス水月鏡像ヲ貧セサルカコ
トシ既ニ悪ヲツクル菩ナキニアラス若ナセトモ著ナシトイハハ著
ナクハナシテナニカセン又空ナル故ニ作トイハハ善モ空也コレヲ
ナスヘシ然ニ悪見ノ人ハ善ヲハイトヒテナサス悪ヲハコノミテツ
クル既ニ愛恚アリ何ソ平等ノ道ニ叶ハン又善ハ有相也ト
イハハ悪ハ弥ヨ有相也只妄情ニノミカナヒテ仏教ノ旨ニソム/k9-361l

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ケリ大乗ノ学者ノ中ニママニ妄見ヲオコス人アリ天台ノ止
観ノ中ニ委ク釈セリ大乗ノ法ニ邪見ヲ起スハ薬ヲ毒ニナス
カ如シト云サレハ醍醐ノ上味世ノ珍タレトモ悪見ノ人ハ毒
薬トスト云リ古人云坐水月ノ道場修空花ノ万行降鏡
像天魔成夢中ノ仏果ヲ是真ノヲシヘナリコヒネカフヘキ心
行也悪見ノ人ノ心ニカナハシカシ起信論ニハ四ノ事ヲ信
スヘシトイヘリ真如ト三宝トナリ真如ハ三宝ノ妙体三宝ハ
真如ノ妙用也此ホカニナニ事ヲカ信センヤ天台云但信法
性不信其餘云々此信マコトノ道源功徳母ナリ先達ノ申サレ
シハ仏法ニ入トイフハ内ニハ真如ヲ信ジ外ニハ因果ヲ信スコ
レ仏法ノ大意也此道理ニソムキテ無礙ノ見ヲオコシ放逸ノ
事ヲ行セハ道人ノ儀ニアラス釈子ノ風ヲソムケリ仏法ヲ学/k9-362r
ストイヘトモ魔業ヲマヌカルヘカラス華厳経ニハ菩提心ナキ
業ハ皆魔業トナルトイヘリ霊ノ申ケル事経ノ意ニ叶ヘリ是
道人ノ亀鏡ニソナヘンタメニ経論ノ文ヲ引テ彼語ヲ証明シ
侍リ行人ノ用意学者ノ故実ナルヘシ能々我心行ヲ察シテ
魔業ヲナサスシテ仏行ヲ修スヘシ喩ヒ戒行オロソカナリトモ正
見ナルハ福田ノ義アリ十輪心地等ノ経ニ僧宝トスト見ヘ
タリ戒行全クトモ正見ナラサルハ人ノ怨ナリ福田ノ義ナシ此
由経論ノ中ニ委ク判セリ先徳ノイハク発心僻越シヌレハ万
行徒ニ施ストヨクヨク弁フヘシ無益ノ苦行ハ外道ノ法成ヘシ

沙石集巻第九下終    神護寺  迎接院/k9-362l

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1)
大円
2)
弁円
3)
明恵
4)
貞慶
5) , 16) , 22)
智顗
6)
「多くは」は底本「才多クハ」。「才」を「オ」の衍字とみて削除。
7)
「せんとす」は底本「サントス」。文脈により訂正。
8)
釈迦
9)
道宣
10)
藤原定家
11)
永嘉玄覚。底本は「永喜大師」。
12)
「農桑」は底本「農乗」。諸本により訂正。
13)
覚明
14)
和漢朗詠集私注
15)
比叡山延暦寺の法師
17)
大智度論
18)
「貪」は底本「貧」。文脈により訂正。
19)
「着」は底本「菩」。文脈により訂正。
20)
摩訶止観
21)
大乗起信論
23)
大方広十輪経
24)
大乗本生心地観経


text/shaseki/ko_shaseki09b-09.txt · 最終更新: 2019/04/17 21:51 by Satoshi Nakagawa