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text:shaseki:ko_shaseki08b-12

沙石集

巻8第12話(105) 真言の功能の事

校訂本文

洛陽の東山観勝寺の大円房1)の上人、宝篋印陀羅尼(ほうけういんだらに)の徳多く聞こゆる中に、ある若き女房、物狂ひなりけるを、この陀羅尼を誦して、加持せられけるに、物を吐き出だしたるを見るに、乃文字を八つ書きて、中に病者の名を書けり。

病者、さめざめと泣きて、申しけるは、「あな心憂や。仏法は人をこそ助け給ふに、われをかく陀羅尼の責め給ふことよ。われは、なにがしといふ者なり。人を呪咀して、世を渡り侍るなり。この御前の、姉御前の殿を取り給へるゆゑに、姉御前の、「呪咀して」と仰せらるる時に呪咀したれば、この符を責め出だし給ふ。ことよからんには、わが身何として身も過ぎ候ふべき」と言ひつる。その座にて、陀羅尼誦したる老僧の物語なり。

この物語に書き付くること、言葉は少し少し違(たが)ふことありとも、虚誕はいささかも侍らず。ことに、仏神の徳、陀羅尼の験、一言も虚言なく侍り。三宝の知見あることなり。後見疑ひ給ふことなかれ。

去んぬる弘安元年、坂東に疫癘(えきれい)おびただしくして、病死数知らず侍りき。十一歳の小童(こわらは)の病み侍りしが、「小童部(こわらはべ)の多く来たりて、なぶり候ふが、あまりにわびしく候ふ」と申せし間、僧ども四・五人して、千手陀羅尼を二十一返満てて侍りしかば、「小童、頭を打ち割られて、この方へ向きて、泣く泣くまかりぬ。また、寺より手多かる仏おはして、追ひ払ひ給ふと見え候ふ」とて、病やがて癒え侍き。

南都の戒壇院の僧の語り侍しは、ある在家の女房、霊病ありしを、千手陀羅尼を満てけるに、刀のやうなる物を吐き出だして侍(はんべ)りけり。

また、ある女人、陀羅尼誦する僧どもの目に見えて、蛇走り出でて、使はるる女房が前へ這ひ入ると見へけるが、その女人、狂ひ病みけり。うはなりが霊蛇にて見えけると言へり。

故実相房上人2)も、真言に付きて、不思議の効験ありける中に、白川にある人の女、腹中に大きなる手鞠のほどにて、石のごとく堅きものあり。冷え痛みて病みけるが、物狂ひなりけるを、かの親歎きて、実相房にこのよしを申すに、「呪咀にもあれ、病にもあれ、〓3)字の智火にて焼き失なはんに、などか癒えざらん。護摩せん」とて、大土器(かはらけ)に煨(おき)を入れて、杉折敷(すぎをしき)一枚4)、細かに割りて壇木にして、不動の火界の呪誦して加持するに、腹中暖かになりて、かの堅きもの、ゆるゆるとなりて、跡形なく失せにけり。その後、かの親、上人を信ずること浅からず。世間にとかくそしる人ありけれども、かたく信じたるよし、ある僧、物語りし侍りき。

この上人は、もとより月輪観(がちりんかん)功積られける。夜中にも、消息なんど、灯(ともしび)なけれども書かれけるとなん承りき。真言にことに信深き人にて、かやうの効験ありけるにこそ。

されば、経には、「信道の源、功徳の母」と説かれたり。信の前に徳なきことなし。不信の 人には仏法の益なし。

洛陽にある女人、年ごろ頼みたる真言師の上人に申しけるは、「真言の中に、人殺す真言や候ふ。教へさせ給へ」と言ふに、「何事の用事ぞ」と問へば、「わが夫、年ごろの情深く候ひつるが、若き者を思ひて、われをば捨て果てて候ふが、口惜しく候ふ。子どもの母にても候ふ。これほど本意なきこと候はず。さて申すなり」と言ふ。

「この事、難治の次第なり。調伏の法は、慈悲をもつて、天下の怨(あた)たるものを調伏し殺すことにてこそあれ。ただ憎き心にて殺すは、道理に当らず。あひ添へて教へんこ、ゆゆしき罪」と思ひて、命の延ぶる真言、延命の呪を授く。「これこそ、人殺す真言」と言へば、悦びて、信じて満てけり5)

その後、来たりて言ふやう、「末代なれども、真言の功能は候ひけり。七日と申すに満て、殺して候ふ」と言ひけり。

「あさましく思へども、力及ばざることこそ侍りしか」と、ある真言師語り侍りき。まして、ありのままに信じて勤めんに、その験(しるし)むなしからじ。まことには、一つの真言に、諸の徳を含めるかたもあれば、命をも延べ、命をも殺さんこと、疑ふべからず。

すべては仏法の徳をば、世間の譬へにて心得べし。火の薪(たきぎ)を焼き、藍の物を染むること、人ごとに知れり。目に見ることぞかし。しかるに、濡れたる木は燃えず、垢付ける衣は染まらず。これをもつて、「火、物を焼かず。藍、物を染めず」と言はんは愚かなり。仏法もかくのごとし。罪障を消ち、浄土に生まれ、悟をひらき、仏となること、疑ふべからず。ただ、障りありて疑ひ、愚かにして信ぜず。法のごとく行なはざる時は、その験(しるし)なく、水の濡れ、衣の垢付けるがごとし。

念仏・真言等の功徳を、祖師、釈するには、「罪を作る時の心は、顛倒の因縁、妄想の所作なれば、これ虚妄なり。念仏を行ずる心は、真実の勝縁より起こる。一つは虚なり、一つは実なり。このゆゑに、念仏の徳は多却の罪を除くなり」。

また真言の師、釈していはく、「罪障も幻なり、真言の加持も幻なれども、煩悩・妄想は顛倒の幻、一向に虚偽なり。真言の幻は金剛の幻、不思議の妙用なり。譬へば、弱き幻術師が現ずる幻をば、強き幻術師これを失なふがごとし」と言へり。

衆生の愚かなる妄想の幻をば、諸仏のかしこき幻術をもて失ひ給ふなり。このこと、よくよく信じたもつべき法門なり。先徳の釈なり。仏法の道理なり。ゆめゆめ疑ふべからず。

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沙石集巻第八 下
  真言功能事
洛陽ノ東山観勝寺ノ大円房ノ上人宝篋印陀羅尼ノ
徳多ク聞ユル中ニ或若キ女房物狂ナリケルヲ此陀羅尼ヲ
誦シテ加持セラレケルニ物ヲハキ出シタルヲ見ルニ乃文字ヲ八
カキテ中ニ病者ノ名ヲカケリ病者サメサメト泣テ申ケルハアナ
心ウヤ仏法ハ人ヲコソ助ケ給フニ我ヲカク陀羅尼ノセメ給
事ヨ我ハナニカシトイフ者也人ヲ呪咀シテ世ヲ渡リ侍也此御
前ノ姉御前ノ殿ヲ取給ヘル故ニ姉御前ノ呪咀シテト仰ラル
ル時ニ呪咀シタレハ此符ヲセメ出給事ヨカランニハ我身何ト
シテ身モスキ候ヘキトイヒツル其座ニテ陀羅尼誦シタル老僧
ノ物語也此物カタリニ書付ル事詞ハスコシスコシタカフ事アリト/k8-308l

https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=307&r=0&xywh=-903%2C-1%2C6967%2C4142

モ虚誕ハイササカモ侍ラス殊ニ仏神ノ徳陀羅尼ノ験一言
モ虚言ナク侍リ三宝ノ知見有事也後見疑給コトナカレ去
弘安元年坂東ニ疫癘オヒタタシクシテ病死数知ス侍リキ十
一歳ノ小童ノヤミ侍シカ小童部ノオホク来テナフリ候カアマ
リニワヒシク候ト申セシ間僧トモ四五人シテ千手陀羅尼ヲ二
十一返満テ侍シカハ小童頭ヲ打ワラレテ此方ヘムキテ泣
泣マカリヌ又寺ヨリ手オホカル仏オハシテ追ハラヒ給フト見ヘ
候トテ病ヤカテイヘ侍キ  南都ノ戒壇院ノ僧ノ語侍シハ
或在家ノ女房霊病アリシヲ千手陀羅尼ヲミテケルニ刀ノ
ヤウナル物ヲハキイタシテハンヘリケリ又或女人陀羅尼誦スル
僧トモノ目ニ見ヘテ蛇走リ出テツカハルル女房カ前ヘハヒ入
ト見ヘケルカ其ノ女人狂ヒヤミケリウハナリカ霊蛇ニテ見ヘケル/k8-309r
トイヘリ  故実相房上人モ真言ニ付テ不思議ノ効験
有リケル中ニ白川ニ或人ノ女腹中ニ大ナル手鞠ノホトニテ
石ノ如ク堅物有冷痛テヤミケルカ物狂也ケルヲ彼親歎テ
実相房ニ此ヨシヲ申ニ呪咀ニモアレ病ニモアレ〓字ノ智火
ニテヤキウシナハンニナトカイヱサラン護摩セントテ大カハラケニ
煨ヲ入テ杦折敷一牧コマカニワリテ壇木ニシテ不動ノ火
界ノ呪誦シテ加持スルニ腹中アタタカニナリテ彼堅キ物ユルユ
ルトナリテアトカタナク失ニケリ其後カノ親上人ヲ信スル事ア
サカラス世間ニ兎角ソシル人有ケレトモカタク信シタルヨシ或
僧物語シ侍リキ此上人ハ本ヨリ月輪観功ツモラレケル夜
中ニモ消息ナント灯ナケレ共カカレケルトナン承キ真言ニ殊
ニ信フカキ人ニテカヤウノ効験アリケルニコソサレハ経ニハ信/k8-309l

https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=308&r=0&xywh=-2131%2C524%2C5375%2C3195

道ノ源功徳ノ母ト説レタリ信ノ前ニ徳ナキコトナシ不信ノ
人ニハ仏法ノ益ナシ洛陽ニ或女人年来タノミタル真言師
ノ上人ニ申ケルハ真言ノ中ニ人コロス真言ヤ候ヲシヘサセ給
ヘトイフニ何コトノ用事ソト問ヘハ我夫年来ノ情フカク候ツ
ルカ若キ者ヲオモヒテ我ヲハステハテテ候カ口惜候子共ノ母
ニテモ候是程本意ナキコト候ハスサテ申也トイフ此事難治
ノ次第ナリ調伏ノ法ハ慈悲ヲ以テ天下ノ怨タル物ヲ調伏
シコロスコトニテコソアレ只ニクキ心ニテコロスハ道理ニアタラス
相添テ教ヘン事ユユシキ罪ト思テ命ノノフル真言延命ノ呪
ヲサツク是コソ人殺ス真言トイヘハ悦テ信シトミテケリ其後
来テイフヤウ末代ナレトモ真言ノ功能ハ候ケリ七日ト申ニ
ミテ殺シテ候トイヒケリアサマシク思ヘトモ力ヲヨハサル事コソ/k8-310r
侍シカト或真言師カタリ侍キマシテアリノママニ信シテツトメンニ
其シルシムナシカラシ誠ニハ一ノ真言ニ諸ノ徳ヲフクメルカタ
モアレハ命ヲモノヘ命ヲモ殺サン事ウタカフヘカラス都テハ仏
法ノ徳ヲハ世間ノ譬ニテ心得ヘシ火ノ薪ヲヤキ藍ノモノヲソ
ムル事人毎ニシレリ目ニ見ル事ソカシ然ニヌレタル木ハモエス
アカツケル衣ハソマラス是ヲ以テ火物ヲヤカス藍物ヲソメスト
イハンハヲロカナリ仏法モカクノ如シ罪障ヲケチ浄土ニ生レ
悟ヲヒラキ仏ト成事ウタカフヘカラス只サハリアリテウタカヒヲ
ロカニシテ信セス法ノ如クヲコナハサル時ハ其シルシナク水ノヌレ
衣ノアカツケルカ如シ念仏真言等ノ功徳ヲ祖師釈スルニハ
罪ヲ作ル時ノ心ハ顛倒ノ因縁妄想ノ所作ナレハ是虚妄
也念仏ヲ行スル心ハ真実ノ勝縁ヨリ起ル一ハ虚也一ハ実/k8-310l

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也此故ニ念仏ノ徳ハ多却ノ罪ヲ除ク也又真言ノ師釈シテ
云ク罪障モ幻也真言ノ加持モ幻ナレトモ煩悩妄想ハ顛倒
ノ幻一向ニ虚偽也真言ノ幻ハ金剛ノ幻不思議ノ妙用也
譬ハ弱キ幻術師カ現スル幻ヲハ強キ幻術師是ヲウシナフカ
如シト云ヘリ衆生ノヲロカナル妄想ノ幻ヲハ諸仏ノカシコキ
幻術ヲモテ失ヒ給ナリ此事能々信シタモツヘキ法門也先
徳ノ釈ナリ仏法ノ道理ナリ努力不可疑/k8-311r

https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=310&r=0&xywh=-155%2C430%2C5805%2C3451

〓字ノ智火

1)
良胤
2)
心誉
3)
梵字「ラン」。添付画像参照。
4)
「枚」は底本「牧」。諸本により訂正。
5)
「信じて満てけり」は底本「信シトミテケリ」。文脈により訂正。


text/shaseki/ko_shaseki08b-12.txt · 最終更新: 2019/03/02 21:44 by Satoshi Nakagawa