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沙石集

巻7第10話(87) 蛇を害し頓死する事

校訂本文

下野国ある所の路の傍らに、大なる木の洞(うつほ)より、大蛇の頭をさし出だしたるを見て、ある俗、「何を見るぞ。憎きものかな」とて、矢を抜き出だして、頸(くび)を強く木に射付けて、うち捨てて行くほどに、大きなる沼のほとりを、うちめぐりて過ぎけるに、水の上に泳ぐものあり。見れば、大蛇の一丈ばかりなるが、頸に矢立ちて、水の上を泳ぎて来たる。また、待ちうけて射殺しつ。さて、家へ帰り果てず、やがて病み狂ひ、種々のことども言ひて、狂ひ死にに死にけり。

せんなきことして、今生もともに亡びし。来生も苦果をこそ受くらめ。何の社とかやの神にてなんおはしけるとぞ、申し侍りし。所の名を忘れ侍り。

同国に沼あり。岸の下の穴の中より、魚多く出づ。いくらといふ数を知らず。ある男、よくよくこれを入りて見れば、小き瓶子の中より魚出づ。不思議の思ひをなすほどに、瓶子の中より、小蛇の一尺ばかりなる、一つ出でたり。これをとりて串に刺して、道の傍らに立てて、家に返りて、魚さばくりける所に、串に刺されながら蛇来たれり。

やがてうち殺す。殺せばまた来(く)。殺せばまた来(く)。先に殺されたるもありながら、重ねて来たる。いくらといふ数を知らず。果ては身の毛いよ立ち、心地悩みて、やがて病み苦しみけり1)

せんなきことは、何にもすまじきものなり。かやうの僻事(ひがごと)、すなはち酬(むく)ふことのなきをもつて、因果を信ぜざるは、かへすがへす愚かなり。

悪業を造りて、果を感ずるに、三の様(やう)あり。一つに現報といふは、やがてこの生に感ず。先の蛇のごとし。いたりて重きゆゑ。二つに生報といふは。次の生に感ず。次に重きゆゑ。三に後報といふは、三生四生の量、無量の生を経ても朽ちずして、つひにその報を受く。

あまりに重き業なんどは、やがて今生に感ず。軽(かろ)きは久しく感ずるなり。人の思ひも切に悩も深きは、やがて今生に感じ、代々の霊とまでなるなり。恐るべし、恐るべし。

翻刻

  蛇害頓死事
下野ノ国或所ノ路ノ傍ニ大ナル木ノウツヲヨリ大蛇ノ頭ヲ
サシ出タルヲ見テ或俗何ヲ見ルソニクキモノカナトテ矢ヲヌキイ
タシテ頸ヲツヨク木ニイツケテウチステテ行程ニ大キナル沼ノホト
リヲ打メクリテスキケルニ水ノ上ニオヨク者有見レハ大蛇ノ一
丈ハカリナルカ頸ニ矢タチテ水ノ上ヲオヨキテ来ル又マチウケテ
射殺シツサテ家ヘ帰リハテスヤカテヤミクルヒ種々ノ事トモ云
テ狂死ニ死ニケリ詮ナキ事シテ今生モトモニ亡ヒシ来生モ苦
果ヲコソ受ラメナニノ社トカヤノ神ニテナンオハシケルトソ申侍
シ所ノ名ヲワスレ侍リ同国ニ沼有岸ノ下ノ穴ノ中ヨリ魚多
ク出イクラト云数ヲ知スアル男ヨクヨク是ヲ入テ見レハ小キ瓶
子ノ中ヨリ魚出不思議ノ思ヲナス程ニ瓶子ノ中ヨリ小蛇ノ/k7-277l

https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=276&r=0&xywh=-1755%2C629%2C5375%2C3195

一尺ハカリナル一出タリ是ヲトリテクシニ指テ道ノ傍ニタテテ家
ニ返テ魚サハクリケル所ニクシニササレナカラ蛇来レリヤカテ打
殺ス殺セハ又来殺セハ又来サキニ殺サレタルモ有ナカラ重テ来ルイク
ラト云数ヲシラスハテハミノケイヨタチ心チナヤミテヤカテヤミ苦
ミケリ詮ナキ事ハ何ニモスマシキ物也カ様ノ僻事則酬事ノナ
キヲ以テ因果ヲ信セサルハ返々ヲロカナリ悪業ヲ造テ果ヲ感ス
ルニ三ノ様有一ニ現報トイフハヤカテ此生ニ感スサキノ蛇ノ
如シイタリテ重キユヘ二ニ生報ト云ハ次ノ生ニ感スツキニ重キ
ユヘ三ニ後報トイフハ三生四生ノ量無量ノ生ヲ経テモクチ
スシテツヰニ其報ヲウクアマリニヲモキ業ナントハヤカテ今生ニ感
スカロキハ久シクカンスル也人ノ思モ切ニ悩モフカキハヤカテ今
生ニ感シ代々ノ霊トマテナル也恐ルヘシ恐ルヘシ/k7-278r

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1)
梵舜本「病み狂ひて死にけり」。
text/shaseki/ko_shaseki07b-10.txt · 最終更新: 2019/02/12 22:41 by Satoshi Nakagawa
CC Attribution-Share Alike 4.0 International
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