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text:shaseki:ko_shaseki06a-04

沙石集

巻6第4話(62) 聖覚法印の施主分の事

校訂本文

故持明院の法皇1)の御子に、高野の御室2)とておはしましけるに、隠岐の御所3)より、梵字を御自筆にあそばして、「御逆修と思し召されて、四十八日御供養あれ」とて、高野へ進じ給はれたりけり。

さて、御供養ありけるに、をりふし聖覚法印、高野に参籠の便宜なりければ、二十余座供養ありける中に、ことに三座、耳目を驚かす説法ありけり。

その一座の説法、聴聞したる人の語りしは、施主段に、『わが朝に至りて、御果報めでたきは隠岐の御所、至りて果報悪(わろ)きは持明院」と申されければ、人、耳を驚かしけり。

「隠岐の御所の御果報は、末代の賢王・明主にて、諸道を興し、栄耀めでたくおはしましし御こと、申すばかりなりしかば、今生は思し召す御ことなく、一期御栄えありき。かくて御臨終あらば、御往生は頼みなかるべきに、切り続きて、後生の御果報めでたかるべきにて、世乱れて、遠国へ移されさせ給へること、一旦の御歎きありといへども、この御歎きを善知識(ぜんちしき)として、先業の過(とが)をもはたし懺悔し、当来の苦患(くげん)を思し召し知り、罪を恐れさせ給ひて、かくのごとくの一筋に、後生の御ため、御逆修もあれば、往生浄土の素懐もなどかとこそ、頼もしく思え候へ。されば、今生・後生の御果報ともにめでたかるべし。持明院は、一期御心にもまかせずして、御思ひ出でもなくて、むなしく御年たけぬ。さらば、これを縁として、後生の御行もあらば、来生は頼もしかるべきに、御位のことありて、しばらくの御楽みに、後世の御勤めなくは、二世ともに御果報悪き御ことにてありぬべし。今生は一旦の栄耀、後生の御勤めなくば、何の頼みかあるべき」といふ理(ことわり)を申し立てられたりけるに、万人、袖もしぼるほどなり。

げにも、真実の行は、一心に思ひ入りてするこそ、決定(けつぢやう)の業となることなれば、難にもあひ、歎きもある時、至誠の心おこることなり。

「千手4)の持者の七難にあふ」といふことあり。たしかの本説は見侍らねども、道理を思ふには、さもありぬべし。仏に仕へば、現世安穏・後生善処こそあらまほしけれども、人の心、多くは今生の楽しみに誇りぬれば、後生菩提の勤めを忘るるたぐひ、難にもあひ、歎きもある時、世間の執着も薄く、因果の道理をも恐れ、身危き時は心驚きて、一心に菩提の道にも思ひ入りぬべし。かかるべき機には、善巧・方便にて、難にもあはせしめ給ふべきなり。この難は世間には歎きなり。仏法には悦びなり。世間の歎きは一旦の歎き、当来の苦は長劫5)の愁へ、今生の栄えは夢の中の悦び、後生の楽は覚(さとり)の前の悦びなり。

「後白河の法皇6)は、千手の持者にて、七難にあはせ給ひたり」と申し侍り。平家のために、鳥羽殿にうちこめられて、「今夜、失なはれぬ」と思し召して、御行法ありけるぞ、一期の御行の中には、余念なく真実に菩提の妙因にもなりぬらんと思え侍る。この難は、すなはち仏道にむけては御悦びなり。後生の障りとならぬほどの栄え、身を助けて、真実の道に入る方便のためには、今生もおのづから楽しみある利生はあるべし。執心も深く染着も重き人は、かかる方便をもて引導するゆゑに、七難にあふにこそ。これ私の愚推なり。

されば、仏にも神にも仕ふる人、難もあり災ひも来たらん時、仏神を恨むることあるべからず。「いかなる方便にやあらん」、また「業力にて神力業力に勝たねば、御方便も及ばぬにや」、また、「信心まことなく、行業をよはぬにこそ」と思ひて、わが身を誡しめ、わが心を励ますべし。よしなく人をそねみ、法を疑ひ、神を恨み、仏を謗ること、あるべからず。

翻刻

  聖覚法印之施主分事
故持明院ノ法皇ノ御子ニ高野ノ御室トテ御座マシケルニ
隠岐ノ御所ヨリ梵字ヲ御自筆ニアソハシテ御逆修ト思食レ
テ四十八日御供養アレトテ高野ヘ進玉レタリケリサテ御供
養アリケルニ折節聖覚法印高野ニ参籠ノ便宜也ケレハ二
十餘座供養有ケル中ニコトニ三座耳目ヲ驚カス説法有ケ
リ其一座ノ説法聴聞シタル人ノ語リシハ施主段ニ我朝ニ
至テ御果報目出ハ隠岐ノ御所至テ果報ワロキハ持明
院ト申サレケレハ人耳ヲ驚シケリ隠岐ノ御所ノ御果報ハ末
代ノ賢王明主ニテ諸道ヲ興シ栄耀目出ク御座シ御事申/k6-213l

https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=212&r=0&xywh=-2257%2C552%2C5375%2C3195

ハカリナリシカハ今生ハ思食ス御事ナク一期御栄有キカク
テ御臨終アラハ御往生ハタノミナカルヘキニ切続テ後生ノ御
果報目出カルヘキニテ世乱テ遠国ヘ移サレサセ給ヘル事一
旦ノ御歎有トイヘトモ是ノ御歎ヲ善知識トシテ先業ノ過ヲモ
ハタシ懺悔シ当来ノ苦患ヲ思食シリ罪ヲ恐レサセ給テ如此
ノヒトスチニ後生ノ御タメ御逆修モアレハ往生浄土ノ素懐
モナトカトコソタノモシク覚ヘ候ヘサレハ今生後生之御果報
共ニ目出カルヘシ持明院ハ一期御心ニモマカセスシテ御思出
モナクテ空ク御年タケヌサラハコレヲ縁トシテ後生ノ御行モアラ
ハ来生ハタノモシカルヘキニ御位ノ事有テ且クノ御楽ニ後世
ノ御勤ナクハ二世共ニ御果報ワロキ御事ニテアリヌヘシ今
生ハ一旦ノ栄耀後生ノ御ツトメナクハナニノタノミカアルヘキ/k6-214r
トイフコトハリヲ申タテラレタリケルニ万人袖モシホルホトナリケ
ニモ真実ノ行ハ一心ニ思入テスルコソ決定ノ業トナル事ナレ
ハ難ニモ値ヒ歎モ有時至誠ノ心オコル事ナリ千手ノ持者ノ
七難ニアフトイフ事アリタシカノ本説ハ見侍ネトモ道理ヲ思
ニハサモアリヌヘシ仏ニツカヘハ現世安穏後生善処コソアラマ
ホシケレトモ人ノ心オホクハ今生ノタノシミニホコリヌレハ後生
菩提ノツトメヲワスルルタクヒ難ニモアヒ歎モアル時世間ノ執
著モウスク因果ノ道理ヲモ恐レ身アフナキ時ハ心オトロキテ一
心ニ菩提ノ道ニモ思入ヌヘシカカルヘキ機ニハ善巧方便ニテ
難ニモアハセシメ給フヘキナリコノ難ハ世間ニハナケキナリ仏法
ニハ悦ナリ世間ノナケキハ一旦ノナケキ当来ノ苦ハ長却ノ愁
ヘ今生ノ栄ハ夢ノ中ノヨロコヒ後生ノ楽ハ覚ノマヘノ悦ナリ/k6-214l

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後白川ノ法皇ハ千手ノ持者ニテ七難ニアハセ給タリト申侍
ヘリ平家ノタメニ鳥羽殿ニ打コメラレテ今夜ウシナハレヌト思
食シテ御行法アリケルソ一期ノ御行ノ中ニハ餘念ナク真実ニ
菩提ノ妙因ニモナリヌラント覚ヘ侍ル此難ハ即仏道ニムケテ
ハ御悦ナリ後生ノ障トナラヌ程ノサカヘ身ヲタスケテ真実ノ
道ニ入方便ノタメニハ今生モヲノツカラタノシミアル利生ハアル
ヘシ執心モフカク染著モ重キ人ハカカル方便ヲモテ引導スル
故ニ七難ニ値ニコソ是私ノ愚推也サレハ仏ニモ神ニモツカフ
ル人難モアリ災モキタラン時仏神ヲウラムル事アルヘカラスイカ
ナル方便ニヤアラン又業力ニテ神力業力ニカタネハ御方便モ
ヲヨハヌニヤ又信心マコトナク行業ヲヨハヌニコソト思テ我身
ヲ誡シメ我心ヲハケマスヘシヨシナク人ヲソネミ法ヲウタカヒ神/k6-215r
ヲウラミ仏ヲソシル事有ヘカラス/k6-215l

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1)
守貞親王・後高倉院
2)
道助法親王
3)
後鳥羽院・後鳥羽天皇
4)
千手観音
5)
「長劫」は底本「長却」。文脈により訂正
6)
後白河院・後白河天皇


text/shaseki/ko_shaseki06a-04.txt · 最終更新: 2019/01/12 15:07 by Satoshi Nakagawa