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沙石集

巻6第3話(61) 浄遍僧都の説法の事

校訂本文

嵯峨の釈迦堂炎上の時、勧進のために、五十箇日の間、毎日に説法ありけり。

そのなかに、浄遍僧都の説法に、「釈尊1)、一代の教主として、八相の化儀を示し、八万四千の法門を説き、六趣四生の群類を度し給ふこと。昔、菩薩の行を行じ、三千世界に身命を捨て、十方の浄土に擯棄(ひんき)せられたるわれらを、世々番々に出世して、調伏し、教化して、『今此三界皆是我有。其中衆生悉是吾子。而今此処多諸患難。唯我一人能為救護。(今この三界皆これ我が有なり。その中の衆生は悉くこれ吾が子なり。而今この処諸の患難多し。ただ我一人能く救護をなす)』と説き給ひて、この娑婆世界の衆生をば、わが子とのたまへり。諸仏の中に、一人本師として、種々の方便をもて済度し給へば、世間の父母は、ただ今生一世の身を助く、釈迦大師は、多生利益の恩、出離解脱の道を教へ給ふ真実の父母なり。その恩、世間の父母には百千万億倍すぐれて、たとふべきにもあらず。しかれば、心あらん人は、世間の父母の家の焼けたらんには、その子としては、一人しても造るべし。いはんや、真実の父母の御堂の焼けぬるをば、一人しても力あらば造りて奉るべし。まして、随分して資財を投げて、などか助成(じよじやう)し給はざるべき」と、めでたく弁説ありて申し立てらる。諸人、袂(たもと)をしぼりけり。

さて、申されけるは「このこと、さすが道理なれば、面々に奉加の志は増しますらん。されども、凡夫の心のつたなさは、家に帰り給ひなば、『明日進ぜん、明後日奉加せん』なんど思はんほどに、さしあたりたる世間・公私のぞめきにうち忘れて、多くはむなしきことなるべし。『奉加せん』と思ひ給はん人は、やがてこの座に奉り給へ」と責められければ、衣脱ぎ、小袖脱ぎ、直垂(ひたたれ)・帷(かたびら)・太刀・刀、はらはらと、あるほどの人、奉加しければ、日ごろ二・三十日の間の奉加よりも物出で来て、ほどなく造営ありけり。時にとりてめでたかりけることと、申し伝へ侍り。

翻刻

  浄遍僧都之説法事
嵯峨ノ釈迦堂炎上之時勧進ノタメニ五十箇日ノ間毎日
ニ説法有ケリ其中ニ浄遍僧都ノ説法ニ釈尊一代ノ教主
トシテ八相ノ化儀ヲシメシ八万四千之法門ヲ説キ六趣四生
ノ群類ヲ度シ給フ事昔シ菩薩ノ行ヲ行シ三千世界ニ身
命ヲステ十方ノ浄土ニ擯棄セラレタル我等ヲ世々番々ニ出
世シテ調伏シ教化シテ今此三界皆是我有其中衆生悉是吾
子而今此処多諸患難唯我一人能為救護ト説キ給ヒテ此
娑婆世界ノ衆生ヲハ我子トノ玉ヘリ諸仏ノ中ニヒトリ本
師トシテ種々ノ方便ヲモテ済度シ給ヘハ世間ノ父母ハ只今
生一世ノ身ヲ助ク釈迦大師ハ多生利益之恩出離解脱/k6-212l

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ノ道ヲオシヘ給フ真実之父母也ソノ恩世間ノ父母ニハ百
千万億倍勝テタトフヘキニモ非ス然レハ心アラン人ハ世間ノ
父母ノ家ノ焼タランニハ其子トシテハ一人シテモ造ルヘシ況ヤ
真実ノ父母ノ御堂ノ焼ヌルヲハ一人シテモ力アラハ造テ奉ルヘ
シマシテ随分シテ資財ヲナケテナトカ助成シ給ハサルヘキト目出
ク弁説アリテ申立ラル諸人袂ヲシホリケリサテ申サレケルハ此
事サスカ道理ナレハ面々ニ奉加ノ志ハマシマスランサレ共凡
夫ノ心ノツタナサハ家ニ帰リ給ナハ明日進セン明後日奉加
センナント思ン程ニサシアタリタル世間公私ノソメキニ打忘テ
オホクハ空キ事ナルヘシ奉加セント思ヒ給ハン人ハヤカテ此座
ニタテマツリ給ヘトセメラレケレハ衣ヌキ小袖ヌキ直垂帷太刀
刀ハラハラト有ホトノ人奉加シケレハ日来二三十日ノアヒタノ/k6-213r
奉加ヨリモ物出来テ程ナク造営アリケリ時ニトリテ目出カリ
ケル事ト申伝ヘ侍ヘリ/k6-213l

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1)
釈迦
text/shaseki/ko_shaseki06a-03.txt · 最終更新: 2019/01/10 23:28 by Satoshi Nakagawa
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