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沙石集

巻5第14話(50) 人の感ある和歌の事

校訂本文

家隆1)の子息の禅師隆尊、坂東ここかしこ修行して、地頭の家の前栽2)の桜を一枝折りて逃げけるを、主(あるじ)見付けて、「あの法師、捕らへよ」と、ことごとしくののしりければ、冠者原おはへてからめてけり。

禅師、不祥にあひて、せんかたなかりければ、「殿にかく申し給へ」とて、

  白波の名をばたつともよしの川花ゆゑ沈む身をはうらみじ

使、「しかじか」といへば、「縄はな付けそ。ただ具して来よ」とて、とり留めて、さまざまにもてなしかしづきて、歌など学問しけると聞こえし。若く侍りし時、坂東にて聞きて侍りし。

かの禅師、始めて修行せんとて、同行一人具して、都を出でて、江州のある里に行き暮れて、宿借るに、すべて貸さざりければ、せんかたなくて、ある小家のあやしげなるに立ち寄りて、日も暮れにければ、押し入りて夜を明かして、朝出でけるを、主(あるじ)、呼び留めて、物の隙(ひま)よりさし出だしたる物を見れば、折敷(をしき)に紙うち敷きて、稗(ひえ)の飯(いひ)を置きたりける紙に、物を書き付けたるを見れば、

  数ならずいやしき草のみなれどもこれにぞかくる露の命を

返事、

  侘び人の命をかくる草のみと聞けば涙の露ぞこぼるる

一、筑紫人に大進坊といふものありけり。悪党のことによりて、禁獄せられて、鎌倉の獄屋に八年ありけるが、七夕の歌に、

  脱ぎ替ふる袂(たもと)もなければ七夕にしほたれ衣(ころも)着ながらぞかす

この歌のことを、坂東の入道聞きて、感のあまり、申し預りて、姪婿(めいむこ)にして、奥州に知る所の代官せさせてありとなん、たしかに聞きたる者、語り侍りし。

一、ある蔵人なりけるが、子を山3)へ上せたりけり。禅衆行人の房になんありけり。見目形よろしき児なりけるを、里へ下りたるついでに、寺法師4)、すかし取りて、寺に置きてけり。山僧、このことを聞きて、「わが山は他寺の児をこそ取るべきに、寺法師にしも取られぬること口惜し」とて、大衆、憤りののしりて、まづこの師の行人に、ことの子細を問ふに、「児どもの里に久しく候ふこと、常の習ひと存ずるばかりなり。三井寺に候ふらんこと、つやつや承はり及ばず。まづ、状をつかはして見候はん」とて、紙と硯を取り寄せて、かくぞ言ひやりける。

  山の端に待つをば知らで月影のまことや三井の水にすむとは

寺法師、これを見て感じて、秀歌返事などして、別の子細に及ばず、山へ送りけり。

一、鎌倉に、ある僧房の児、師を恨むることありて、他の僧房へ行きてけり。物の具足、取り落したる中に、詞花集5)を忘れたりけるを見出だして、「送りつかはす」とて、もとの師、

  いかにして詞(ことば)の花の残りけんうつろひはてし人の心に

その児、このの歌にめでて、また帰りにけり。互ひにわりなく侍り。

一、ある郷相、石見国の国司にて、石見方にて遊び給ひけるに、国の習ひにて、かづきする海人ども、えもいはず歌を歌ひけるを、人々、「かかることなん侍り。召して、歌はせて聞こし召せかし」と申しければ、「さらば召せ」とて召されけるに、みな逃げけるを、中間・雑色ども、走り散りて、少々捕へて参りぬ。また酒なんど給はりて、歌つかまつりける時、逃げ散りたりつる海人ども、また傍らにひきのけて、ここかしこにむらがり居て聞きける中に、十八・九ばかりなる女の、見目・ことがら下郎ともなくよろしく見えけるが、小侍を一人招き寄せて、「あの御前に候ふ、歌つかまつる女房どもに、かく申すよし伝へて給び候へ」とて、

  もろともにあさりしものを浜千鳥いかに雲居に立ち昇るらん

このことを披露しけるを、上に聞き給ひて、感のあまりに、紫の衣を一重賜びけるを、

  紫の雲の上着もなにかせんかづきのみする海士の身なれば

と申して、返し参らせければ、いとど色まさりて、あはれに思ひ給ひて、やがて召してけり。「都へ具して上らん」と仰せられけるを、父母に離れんことを歎き申しければ、父母ともに具して上り給ひて、御台所(みだいどころ)となりて、公達あまた出で来なんとして、めでたかりけり。人の心はやさしかるべきものなり。

一、三河守定基6)、志(こころざし)深かりける女の、はかなくなりにければ、世を憂きものに思ひ入りたりけるが、五月の長雨のころ、いと悪しからぬさまなる女の鏡を売りに来たるを、取りて見るに、その包み紙に、

  今日のみと見るに涙のます鏡なれにし影を人に語るな

これを見るに、涙もとどまらず、鏡をば返して、さまざまにあはれみけり。さて、道心いよいよ固めけるはこのことによれり。

一、顕照法師、綱位を望むとて、

  うらやましいかなる人の渡るらんわれをみちびけ法の橋守(はしもり)

法橋になされにけり

一、信光法眼、法印を望むとて、

  引き立つる人もなぎさの捨て舟はさすがに法(のり)の印(おしで)をぞまつ

法印になされにけり。

一、宇治の入道殿7)に候ひける、「うれしさ」といふはしたものを、顕輔の卿8)、懸想(けさう)せられけるに、つれなかりければ、つかはしける。

  われといへばつらくもあるかなうれしさは人にしたがふ名にこそありけれ

入道殿、聞こし召されて、「秀歌に返事なし」とて、つかはされけり。

一、和泉式部、稲荷へ詣でけるに、田中の明神のほとりにて時雨しければ、せんかたなくて、田刈りける童の、襖(あを)といふものを借りて、うちかづきて参りにけり。さて、雨やみにければ、帰りざまに返してけり。

その後、両三日過ぎて、この童、文を持ちて来たれり。見れば、

  時雨する稲荷の山のもみぢばはあをかりしより思ひそめてき

呼び入れてけり。いかなる子細かありけん、おぼつかなし。

一、後嵯峨の法皇9)の御熊野詣でありける時、伊勢の国の夫(ぶ)の中に、本宮の音無川といふ所に、梅の花の盛りなるを見て、詠みける、

  おとなしに咲き初(はじ)めける梅の花にほはざりせばいかで知らまし

夫が歌には、いみじき秀歌なるべし。このことを御下向の時、道にて自然(じねん)に聞こし召して、北面の下郎に仰せて召されけり。馬にてあちこちうち巡りて、「本宮にて、歌詠みたりける夫はいづれぞ」と問ふに、「これこそ件(くだん)の夫にて候へ」と、そばにて人申しければ、「仰せなり。参るべし」と言ひければ、返事に、

  花ならばおりてぞ人の問ふべきになりさがりたるみこそつらけれ

さて、返事にも及ばで、おめおめと馬より下りて、具して参りぬ。

ことの子細聞こし召されて、御感ありて、「何事にても所望申せ」と仰せ下さる。「いふかひなき身にて候へば、何事の所望か候ふべき」と申し上げけれども、「など、分にしたがふ所望なかるべき」と仰せければ、「母にて候ふものを養ふほどの御恩こそ、望む所に候へ」と申しければ、百姓なりけるを、かの所帯公事(しよたいくじ)一向御免ありて、永代を限りて、子孫まで違乱あるまじきよしの下文給ひてぞ下りける。わりなき勧賞にこそ。

「百姓が子なりけれども、児だちにて、和歌の道、心得たりける」とぞ、人、申し侍りし。

翻刻

  人之感有ル和歌ノ事
家隆ノ子息ノ禅師隆尊坂東ココカシコ修行シテ地頭ノ
家ノ前截ノ桜ヲ一枝ヲリテニケケルヲ主シミツケテアノ法
師トラヘヨト事々シクノノシリケレハ冠者原ヲハヘテカラメテケ/k5-180l

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リ禅師不祥ニアヒテセンカタナカリケレハ殿ニカク申給ヘトテ
  白波ノ名ヲハタツトモ吉野川花ユヘシツム身ヲハウラミシ
使シカシカトイヘハ縄ハナツケソ唯具シテコヨトテトリ留メテサマサマ
ニモテナシカシツキテ歌ナト学問シケルト聞ヘシ若ク侍シ時坂
東ニテキキテ侍シ彼ノ禅師始テ修行セントテ同行一人具シテ
都ヲ出テ江州ノ或里ニ行キクレテ宿カルニスヘテカササリケ
レハセンカタナクテ或小家ノアヤシケナルニ立ヨリテ日モ暮ニケ
レハヲシ入テ夜ヲ明シテ朝出ケルヲ主シ呼ヒトトメテ物ノヒマヨ
リサシ出シタル物ヲ見レハ折敷ニ紙打チシキテ稗ノ飯ヲ置タ
リケル紙ニ物ヲ書付タルヲ見レハ
  数ナラスイヤシキ草ノミナレトモコレニソカクル露ノイノチヲ
返事  侘人ノ命ヲカクル草ノミトキケハ涙ノ露ソコホルル/k5-181r
一  筑紫人ニ大進坊ト云モノ有ケリ悪党ノ事ニヨリテ
禁獄セラレテ鎌倉ノ獄屋ニ八年有ケルカ七夕ノ歌ニ
  ヌキカフルタモトモナケレハ七夕ニシホタレ衣キナカラソカス
コノ歌ノ事ヲ坂東ノ入道聞テ感ノ餘リ申預リテメイムコニシテ
奥州ニ知所ノ代官セサセテアリトナン慥ニ聞タル物語侍シ
一  或蔵人ナリケルカ子ヲ山ヘノホセタリケリ禅衆行人
ノ房ニナン有ケリミメ形ヨロシキ児也ケルヲ里ヘ下リタル次ニ
寺法師スカシトリテ寺ニヲキテケリ山僧此事ヲ聞テ我山ハ他
寺ノ児ヲコソトルヘキニ寺法師ニシモトラレヌル事口惜トテ大
衆イキトヲリノノシリテ先此ノ師ノ行人ニ事ノ子細ヲ問ニ児
トモノ里ニ久ク候事常ノ習ト存スル計也三井寺ニ候ラン
事ツヤツヤウケ給ハリヲヨハス先ツ状ヲ遣シテ見候ハントテ紙ト硯/k5-181l

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ヲ取ヨセテカクソ云ヤリケル
  山ノ端ニ待ヲハシラテ月影ノマコトヤ三井ノ水ニスムトハ
寺法師是ヲ見テ感シテ秀歌返事ナトシテ別ノ子細ニヲヨハス
山ヘ送ケリ
一  鎌倉ニ或僧房ノ児師ヲウラムル事有テ他ノ僧房ヘ
行テケリ物ノ具足取ヲトシタル中ニ詞花集ヲ忘レタリケルヲ
見出シテ送リツカハストテ本ノ師
  イカニシテ詞ノ花ノ残ケンウツロヒハテシ人ノ心ニ其ノ児
此ノ歌ニメテテ亦帰リニケリ互ニワリナク侍リ
一  或郷相石見国ノ国司ニテ石見方ニテアソヒタマヒケ
ルニ国ノ習ニテカツキスル海人トモヱモ云ス歌ヲウタヒケルヲ人
人カカル事ナン侍リメシテウタハセテ聞食セカシト申ケレハサラ/k5-182r
ハメセトテ召レケルニ皆ニケケルヲ中間雑色トモ走リチリテ少
少トラヘテ参リヌ酒ナント給ハリテ歌仕ケル時ニケチリタリツル
海人トモ又カタハラニヒキノケテ爰カシコニムラカリ居テ聞ケル
中ニ十八九計ナル女ノミメコトカラ下郎トモナク宜ク見ヘケ
ルカ小侍ヲ一人招キヨセテアノ御前ニ候歌仕女房共ニカク
申由伝テタヒ候ヘトテ
  モロトモニアサリシ物ヲ浜千鳥イカニ雲井ニタチノホルラン
此事ヲ披露シケルヲ上ニ聞給ヒテ感ノ餘リニ紫ノ衣ヲ一重
タヒケルヲ
  紫ノ雲ノウハキモナニカセンカツキノミスル海士ノ身ナレハ
ト申テ返シマイラセケレハイトト色マサリテ哀ニ思給テヤカテメ
シテケリ都ヘ具シテ上ラント仰ラレケルヲ父母ニ離レン事ヲ歎キ/k5-182l

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申ケレハ父母共ニ具シテ上リ給ヒテ御台所ト成テ公達アマ
タ出キナントシテ目出カリケリ人ノ心ハヤサシカルヘキ者ナリ
一  三河守定基志シ深カリケル女ノハカナク成ニケレハ
世ヲウキ物ニ思入タリケルカ五月ノ長雨ノ比イトアシカラヌサ
マナル女ノ鏡ヲ売ニ来ルヲトリテ見ルニ其ツツミ紙ニ
  今日ノミト見ルニナミタノマス鏡ナレニシ影ヲ人ニカタルナ
コレヲ見ルニ涙モトトマラス鏡ヲハ返シテ様々ニアハレミケリサテ
道心イヨイヨカタメケルハ此コトニヨレリ
一  顕照法師綱位ヲノソムトテ
  浦山シイカナル人ノ渡ルラン我ヲ道ヒケ法ノ橋モリ
法橋ニナサレニケリ
一  信光法眼法印ヲノソムトテ/k5-183r
  ヒキ立ル人モナキサノステ舟ハサスカニ法ノ印ヲソマツ
法印ニナサレニケリ
一  宇治ノ入道殿ニ候ケルウレシサト云ハシタモノヲ顕輔
ノ卿ケサウセラレケルニツレナカリケレハツカハシケル
  我トイヘハツラクモアルカナウレシサハ人ニ随フ名ニコソアリ
ケレ入道殿キコシメサレテ秀歌ニ返事ナシトテツカハサレケリ
一  和泉式部稲荷ヘ詣テケルニ田中ノ明神ノ辺ニテ時
雨シケレハセンカタナクテ田カリケル童ノアヲト云物ヲ借テ打カ
ツキテマイリニケリサテ雨ヤミニケレハ帰リサマニ返シテケリ其後両
三日過テ此ノ童文ヲ持テ来レリ見レハ
  時雨スル稲荷ノ山ノ紅葉ハハアヲカリシヨリ思ソメテキ
呼入テケリイカナル子細カ有ケンオホツカナシ/k5-183l

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一  後嵯峨ノ法皇ノ御熊野詣有ケル時伊勢ノ国ノ夫
ノ中ニ本宮ノ音無川ト云所ニ梅ノ花ノ盛リナルヲ見テ読ケル
  ヲトナシニサキ初メケル梅ノ花ニホハサリセハイカテシラマシ
夫カ歌ニハイミシキ秀歌ナルヘシ此事ヲ御下向ノ時道ニテ
自然ニキコシメシテ北面ノ下郎ニ仰テ召レケリ馬ニテアチコチ
打メクリテ本宮ニテ歌ヨミタリケル夫ハイツレソト問ニ是コソ
件ノ夫ニテ候ヘトソハニテ人申ケレハ仰也参ルヘシト云ケレハ
返事ニ
  花ナラハ折テソ人ノ問ヘキニナリサカリタル身コソツラケレ
サテ返事ニモ及ハテヲメヲメト馬ヨリヲリテ具シテ参リヌ事ノ子
細キコシメサレテ御感有テ何コトニテモ所望申セト仰下サル
云甲斐ナキ身ニテ候ヘハ何事ノ所望カ候ヘキト申上ケレトモ/k5-184r
ナト分ニシタカフ所望ナカルヘキト仰ケレハ母ニテ候モノヲ養フ
程ノ御恩コソ望所ニ候ヘト申ケレハ百姓ナリケルヲ彼所帯
公事一向御免有テ永代ヲ限テ子孫マテ違乱アルマシキ
由ノ下文給テソ下ケルワリナキ勧賞ニコソ百姓カ子也ケレ
トモ児タチニテ和歌ノ道心得タリケルトソ人申侍リシ/k5-184l

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1)
藤原家隆
2)
「前栽」は底本「前截」。諸本により訂正。
3)
比叡山延暦寺
4)
三井寺(園城寺)の法師
5)
詞花和歌集
6)
大江定基・寂照
7)
藤原師実
8)
藤原顕輔
9)
後嵯峨天皇
text/shaseki/ko_shaseki05b-14.txt · 最終更新: 2018/12/18 22:51 by Satoshi Nakagawa
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