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沙石集

巻5第6話(42) 学生の見解僻む事

校訂本文

伊豆の山に、中ごろ学生ありけり。弟子も下人も他行の時、塩売(しほうり)一人来たりて、「塩や召し候ふ」と言ふ。坊主、「まことに塩は大切のものなり。熊野の道にも、百味と名付けて、よろづの物の気味は塩にこそあれ」とて、「買はん」と言ふ。一俵が直物(あたひもの)を問ふに、「ただ、御はからひ候ひてこそ召され候はめ」と言ふ。「上品(じやうぼん)の絹一疋に売りてんや」と言へば、「子細に及び候はず」とて、悦びて替へて去りぬ。

弟子・下人帰たるに、「商ひこそしたれ。しかじか」と言ふ。「かばかりのこと候はず。塩売に狂惑せられ給へり。上品一疋にては、塩俵十ばかりも買ふべく候ふに」と言ふ時、「さては安からぬことなり」とて、頭(かしら)を掻く所に、次の日、槫売(くれうり)。「槫や召し候ふ」と言ひて、馬に付けて来たる。

「下(おろ)せ」とて、やがて押し留む。「これはいかに」と言ひければ、「昨日、おのれに狂惑せられたりしかば」と言ふ。「さることこそ候はね」と言ふ。弟子ども「かかる御僻事(ひがごと)こそ候はね。昨日のは塩売なり。これは槫うりなり」と言へば、御房たちは、もとより非学生にて、子細も知らぬさかしらする者かな。塩売は塩売、槫売は槫売とは、別教の心なり。円教の心には、槫売すなはち塩売。塩売すなはち槫売なり」とて叱りければ、弟子ども、傍らへ呼びて、価を取らせて、帰しけり。

この学生の見解、まことにひがめり。仏法には真俗の二諦(にたい)あり。真諦は、空平等の理(ことわり)なれば、自他依正1)等の別なし。諸法の自性、空なるゆゑに。俗諦は、諸法の因縁、和合せる仮相(けさう)を、破らずして、凡聖位分かれ、迷悟品異なり。

天台の法門にも、三諦の中に、空中は真諦如々平等なり。仮諦は縁起のゆゑに、十衆の依正歴然(えしやうれきねん)として乱れず。肇論にいはく、「般若の門は空を観じ、漚和の門は有に渉る」と。漚和は方便の梵語。世間の縁起の仮相を破らず、和光利物し、俗諦の差別をわきまふべし。いかが乱らんや。

浄名経にいはく、「善能分別諸法相、於第一義心不動。(善よく諸法相を分別す、第一義に於て心動ぜず。」云々。文の意、「真諦第一義においては、平等無相の智慧明らかにして、よく諸法の俗諦縁起、善悪凡聖の品を分別すべし」と言へり。

諸仏の所説の法、常に二諦によれり。古人いはく、「実際の理地(りぢ)には、一塵も受けず、仏事門の中には、一法を捨てず」と言ふ。しかるに、この学生は、平等を悪しく心得たり。もし真諦の理によせて相即(さうそく)を言はば、何ぞただ塩売・槫売のみ即せん。房主も、同宿も、下人も、一切相即すべし。十界皆一相無相のゆゑに、誰か狂惑し、誰か狂惑せられむ。無我・無人・無自・無他ゆゑに、もし俗諦縁起の仮相の面は、塩売・槫売、別の衆生なり。何ぞおさへてこれを虐(しへた)げん。見解のひがめること勿論なり。弟子も、げに非学生なりけり。などか、この道理にてつめざらん。

翻刻

  学生之見解僻事
伊豆ノ山ニ中比学生有ケリ弟子モ下人モ他行ノ時塩売
一人来テ塩ヤ召候トイフ坊主誠ニ塩ハ大切ノモノ也熊野
ノ道ニモ百味ト名テ万ノ物ノ気味ハシホニコソアレトテ買ハン/k5-168r
ト云一俵カ直物ヲ問ニ只御計ヒ候テコソ召レ候ハメト云上
品ノ絹一匹ニウリテンヤトイヘハ子細ニ及ヒ候ハストテ悦テカ
ヘテ去ヌ弟子下人帰タルニアキナヒコソシタレシカシカトイフカ
ハカリノ事候ハス塩売ニ狂惑セラレ給ヘリ上品一匹ニテハ
塩俵十ハカリモ買ヘク候ニト云時サテハ安カラヌ事ナリトテカ
シラヲカク所ニ次ノ日槫売槫ヤメシ候トイヒテ馬ニ付テ来ル
ヲロセトテヤカテヲシトトム此ハイカニトイヒケレハ昨日ヲノレニ
狂惑セラレタリシカハト云サルコトコソ候ハネトイフ弟子共カカ
ル御僻事【コソ候ハネ昨日ノハシホウリ也是ハ槫ウリ也トイヘ
ハ御房達ハ】本ヨリ非学生ニテ子細モシラヌサカシラスル者哉
塩ウリハシホウリ槫ウリハ槫ウリトハ別教ノ心ナリ円教ノ心ニ
ハ槫ウリ即シホ売シホウリ即槫売也トテシカリケレハ弟子共カ/k5-168l

https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=167&r=0&xywh=-322%2C434%2C5841%2C3451

タハラヘヨヒテ価ヲトラセテ帰シケリ此学生ノ見解マコトニヒカ
メリ仏法ニハ真俗ノ二諦アリ真諦ハ空平等ノ理ナレハ自侘
依正等ノ別無シ諸法ノ自性空ナル故ニ俗諦ハ諸法ノ因
縁和合セル仮相ヲヤフラスシテ凡聖位ワカレ述悟シナコトナリ
天台ノ法門ニモ三諦ノ中ニ空中ハ真諦如々平等也仮諦
ハ縁起ノ故ニ十衆ノ依正歴然トシテミタレス肇論云般若ノ
門ハ観空ヲ漚和ノ門ハ渉有ト漚和ハ方便ノ梵語世間ノ
縁起ノ仮相ヲヤフラス和光利物シ俗諦ノ差別ヲ弁フヘシイ
カカミタランヤ浄名経ニ云善能分別諸法相於第一義心
不動云云文ノ意真諦第一義ニヲヰテハ平等無相ノ智慧明
ニシテ能ク諸法ノ俗諦縁起善悪凡聖ノ品ヲ分別スヘシトイ
ヘリ諸仏ノ所説ノ法常ニ二諦ニヨレリ古人云実際ノ理地/k5-169r
ニハ不受一塵仏事門ノ中ニハ不捨一法云然ルニ此学生
ハ平等ヲ悪ク心エタリ若シ真諦ノ理ニヨセテ相即ヲイハハ何
ソ只塩売槫売ノミ即セン房主モ同宿モ下人モ一切相即
スヘシ十界皆一相無相ノ故ニ誰カ狂惑シ誰カ狂惑セラレ
ム無我無人無自無他故ニ若シ俗諦縁起ノ仮相ノ面ハ塩
売槫ウリ別ノ衆生也何ソヲサヘテ是ヲシヘタケン見解ノヒカメ
ル事勿論ナリ弟子モケニ非学生也ケリナトカ此道理ニテツ
メサラン/k5-169l

https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=168&r=0&xywh=-2070%2C293%2C5841%2C3451

1)
「自他依正」は底本「自侘依正」。諸本により訂正。
text/shaseki/ko_shaseki05a-06.txt · 最終更新: 2018/12/06 12:31 by Satoshi Nakagawa
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