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撰集抄

巻9第5話(115) 馬頭顕長発心

校訂本文

御堂の大殿1)の二郎の御子、高松原の馬頭顕長2)と申す人いまそかりけり。内外の才智ほがらかにして、人にとりて英雄秀(ひ)でていまそかりけり。御堂の御子にておはしませば、御もてなしも、さこそ侍りけめ。

しかあるに、但馬守高雅といふ人、大殿に夙夜して、忠勤人にことなりければ、殿さりがたく思しめされ侍りけるままに、御子の馬頭を、「聟になり給へ」と仰せられ侍りけるを、「わが身、いやしと申しながら、かたじけなく御子の末葉(すゑば)とまかりなりて、心にはひそかに氏の長者にあらんことを思ひ侍り。されば、受領を父と頼み侍らんこと、いかが」と、たびたび辞し聞こえ給ひけれども、殿、すべてその用ゐおはしまさねば、力なく月日を送り給ひけるなんめり。

ある時、この馬頭、しづかに思ひ給へりけるは、「父の殿にしたがはんとすれば、この世はいたづらになりなん。われ志をとげんとすれば、不孝の身になりぬべし。しかじ、飾りをおろして、一筋(ひとすぢ)に後世の良因を結ばん」と思ひなり給ひて3)、手づから髻(もとどり)を切り、比叡山によぢ登りて、増賀上人の、をりふし山へ出でられたりける室にたづねいたり給ひて、戒受けなんどし給へりけるなり。

聖人も、「いかが」と、ためらひ給ひけれども、はや、この殿の、またなき心を見そなはし給ひてければ、聖人、みづから髪を剃り、戒授け申され侍りける。

大殿、このこと聞こしめし、驚かせ給ひて、急ぎ山へたづね入らせ給ひて、御覧じ給ふに、すでに4)あでやかなる僧になり給ひにければ、なかなか、とかくのこと仰せらるるに及ばず、御涙、さらにせきあへさせ給はず。近く侍りける人々、あるいは、座を立ちて声をあげて叫び、あるいは、面(おもて)を壁に向け、あるいは、直衣の袖を顔にあて、泣きあひ給ひしわざ、げに理(ことわり)に侍り。

やや程へて、大殿、泣く泣くのたまはせ侍りけるは、「『かくばかり思ひとるべし』とは思はざりき。凡夫ほど口惜しきことはなかりけり。『かからまし』とだに知らましかば、われ、あながちにいさめましや。これは、されば夢かとよ」と、悶(もだ)えさせ給へるに、この新発も、涙せきかねて、とかくもののたまはすることなし。

「今はいふかひなし。さても、名をば何とかいふ」と問はせ給ふに、「行真と申す」と聞こえ給へりけるに、大殿、御顔をうつぶけて、「今さら、かかる名を聞くべしや」とて、泣かせ給ひけるにぞ、そこばくの人々、つつまず声をあげて叫ばれ侍りし。かくても、果つべきにあらざれば、御堂殿は、後会の御契りありて、帰らせ給ひにけり。

この御発心のありさま承はるぞ、ことに身にしみて、あはれに侍り。「三笠山、雲居名高く聞こゆる、藤の裏葉の末に結べる身にしあれば5)、しばしのほど、かりそめの間なりとも、いやしき草の下葉には露は置かじ」と思ひ給へりける、かしこき御心ばへには侍らずや。

しかも、御年十に六ばかり余り給へりけるとやらん。行く末はるばると、生ひ出で給はんままのかしこさ、思ひやられて、何となく、そぞろに涙のこぼるるに侍り。行法、功積りて、いひ知らず、めでたく法の験(しるし)どもをあらはし給ひていまそかりける。

増賀上人にしたがひて、多武峰といふ所におはしましけるが、弘法利生のために、天台山6)にまかり給ひて、広く有縁・無縁をいはず、貴賤・上下を論ぜず、求法の志、ありとある輩(やから)を集めて、止観などの貴き文を授け給ひけり。

是さへありがたくぞ侍る。徒衆を謝遣7)して、山谷に隠居すと侍るも、せんは、「ただ身をしづかにして、まぎるることなからん」とにこそは侍らめ。かかるも、心の澄みえぬほどのことなり。

されば、空也聖人も、「町の住居(すまひ)は心澄む」と侍り。げにも、心のどまり果てんのちは、たとひ雑類み見えん所なりとも、なじかは乱るべきな。ますますこそ、心は澄み侍らめ。われはまことの心にしづまりて、深き法を他のために明け暮れ説き給へりける、げに貴くぞ侍る。

翻刻

御堂の大殿の二郎の御子高松原の馬頭/k282r
顕長と申す人いまそかりけり内外の才智ほ
からかにして人にとりて英雄ひてていまそかりけり
御堂の御子にておはしませは御もてなしもさこそ
侍りけめ然あるに但馬守高雅といふ人大殿に
夙夜して忠勤人にことなりけれは殿さりかたく
思食され侍りけるままに御子の馬頭を聟になり
給へと被仰侍りけるを我身いやしと申なから忝く
御子のすゑはとまかりなりて心には窃に氏の
長者にあらん事を思ひ侍りされは受領を父
とたのみ侍らんこと何かと度々辞し聞え給/k282l
けれとも殿すへてそのもちいおはしまさねは力なく
月日を送給けるなんめり或時この馬頭閑に
思ひ給へりけるは父の殿に随はんとすれはこの
世はいたつらに成なん我心さしをとけんとすれは不
孝の身に成ぬへししかしかさりを下して一すち
に後世の良因を結はんと思ふなり給て手つから
本鳥をきり比叡山によち登りて僧賀上人の
おりふし山へ出られたりける室に尋至り給て
戒うけなんとし給へりけるなり聖人もいかかとた
めらひ給けれ共はや此殿の又なき心をみそなはし/k283r
給てけれは聖人自ら髪をそり戒さつけ申され
侍りける大殿此こと聞召驚かせ給ていそき山
ゑ尋入せ給て御覧し給にすてあてやかなる僧に
成給にけれは中々とかくの事仰らるるに及は
す御泪さらにせきあへさせ給はす近く侍りける人々
或は座を立て声をあけて叫或は面を
壁に向或は直衣の袖をかほにあてなきあひ
給しわさけに理に侍りやや程へて大殿泣
泣の給はせ侍けるはかくはかり思とるへしとは
思はさりき凡夫程口惜き事はなかりけりかから/k283l
ましとたにしらましかは我れ強にいさめましや
是はされは夢かとよともたへさせ給へるに此新発も
泪せきかねてとかく物の給はすることなし今は云
甲斐なし扨も名をは何とか云と問はせ給に行真
と申と聞え給へりけるに大殿御かほほうつふけて
今更かかる名を聞へしやとて泣せ給けるにそ
そこはくの人々つつます声をあけてさけはれ
侍りしかくてもはつへきにあらされは御堂殿は
後会の御契り有て帰らせ給にけり此御発心
の有様承はるそ殊身にしみて哀に侍り三笠山/k284r
雲居名高く聞ゆる藤のうらはの末にむすへ
る身にしからはしはしの程かりそめのあひたなり
ともいやしき草の下葉には露はおかしと思給
へりける賢き御心はへには侍らすやしかも御年
十に六はかりあまり給へりけるとやらん行末はる
はるとをい出給はんままの賢さ思やられて何
となくそそろに泪のこほるるに侍り行法功積て
いひしらす目出く法のしるしともを顕し給て
いまそかりける僧賀上人に随て多武峰と
云所におはしましけるか弘法利生のために/k284l
天台山にまかり給て広く有縁無縁をいはす
貴賤上下を論せす求法の志ありとあるやから
を集めて止観等の貴き文を授け給けり是
さへ有かたくそ侍る徒衆を謝遺して山谷に隠
居すと侍るも詮はたた身を閑にしてまきるる
事なからんとにこそは侍らめかかるも心のすみえぬ
程のことなりされは空也聖人も町のすまひは
心すむと侍りけにも心のとまりはてん後は設ひ
雑類み見えん所なりともなしかは乱るへきなますますこそ
心はすみ侍らめ我は実の心にしつまりて深き/k285r
法を他の為にあけくれ説給へりけるけに貴く
そ侍る/k285l
1)
藤原道長
2)
顕信の誤りか。
3)
「思ひなり給ひて」は、底本「思ふなり給て」。鈴鹿本により訂正。
4)
底本「に」なし。諸本により補う。
5)
「身にしあれば」は、底本「身にしからは」。諸本により訂正。
6)
ここでは比叡山を指す。
7)
「謝遣」は底本「謝遺」。
text/senjusho/m_senjusho09-05.txt · 最終更新: 2016/10/15 15:24 by Satoshi Nakagawa
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