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撰集抄

巻5第1話(34) 永昭僧都事

校訂本文

昔、山階寺に、やうごとなき智者にて、永昭大僧都といふ人侍りき。唯識因明を明かにせりとぞ。世を背く心深くして、寺の交はりうるさく思えて、権長官まで至り侍りけれども、本意ならず侍りて、人にも知られ侍らず、かき消つがごとくして、跡をくらくし侍りければ、弟子ども、騒ぎ迷ひて、かしこ、ここ、求めたづぬれども、さらに見え侍らず。かくて、日を重ねければ、弟子どももいふかひなく思えて、散り散りになりぬ。

この僧都は、信濃国木曽といふ所に、落ち留まり給へり。ある時は、山深く思ひ入りて、常なき色を風にながめ、ある時は、里に出でて、便なき鄙(ひな)の住処(すみか)のとぼそに立ち寄りて、水を汲み、薪を取りて、与へなどぞせられける。

いかなるよしある人やらんといへども、法文のかたには、もて離てるさまをぞ振舞ひ給へりける。玄賓の昔の跡に、つゆも変ること侍らず。

山田を守(も)るわざは、いかが侍りけむ。つぶねとなりて、人にしたがひ、みなれ棹(さを)さして、人を渡すいとなみは、めづらかなることにも侍らざりけるとかや。なにわざにつけても、いかに心の澄みていまそかりけん。世の交らひのうるせかりければ、一挙万里によぢて、徳を隠して、世の中のことぐさをせしめて、生きとし生けるたぐひをあはれみ、済度し給ひけむ、いといとありがたく侍るめる。

およそ、この人のありさま、ものさはがしきをもわび給はず、人に交はれることを求め給ふにはあらざりけるなめり1)。しかあれば、なにとてか、つぶねともなるべき。ただ、山深くこそおはすべけれ。心の澄みなんのちには、何すぢの人に交はるとても、なにかつゆばかりもけがるる心侍らん。貧しきを見ては歎き、富めるを見ては悦ぶ。憂喜の思ひだにも、心に忘られぬる上は、その外のこと、あにかへりみるべしや。

この僧都、最後臨終のありさま、いかが侍りけん。かへすがへすゆかしく思ゆれども、その終れる所を知らず。今はいづれの浄土にかいまそかるらん。ことにしのばしくこそ思え侍れ。

翻刻

  撰集抄第五
昔山階寺にやうことなき智者にて永昭大僧都と
云人侍りき唯識因明を明にせりとそ世を背
心深して寺のましはりうるさく覚て権長官
まて至り侍りけれ共本意ならす侍りて人
にも智られ侍らすかきけつかことくして跡を暗
くし侍りけれは弟子共さわき迷てかしこここ求
尋れ共さらに見え侍らすかくて日を重けれは
弟子共もゆふ甲斐なく覚てちりちりに成ぬ
此僧都は信濃国木曽と云所に落留まり給/k115l
へり或時は山深く思入て常なき色を風に詠
或時は里に出て便なきひなのすみかのとほそに
立寄て水をくみ薪を取て与へなとそせられける
何なるよしある人やらんといへ共法文の方にはも
てはなてるさまをそ振舞給へりける玄賓の
昔の跡に露もかはる事侍らす山田をもるわさ
はいかか侍りけむつふねとなりて人に随ひ
みなれさほさして人を渡すいとなみはめつらかなる
事にも侍らさりけるとかやなにわさにつけても
いかに心のすみていまそかりけん世のましらい/k116r
のうるせかりけれは一挙万里によちて徳を
かくして世の中のことくさをせしめていき
としいける類を哀み済度し給けむいと
いと有難く侍るめる凡此人の有様物さはか
しきをもわひ給はす人に交れる事をもとめ
給にはあらさりけりなめりしかあれはなにとて
かつふねともなるへき只山深くこそをはすへけれ心
のすみなん後には何すちの人にましはるとても
何か露はかりもけかるる心侍らんまつしきを見ては
なけきとめるを見ては悦ふ憂喜の思ひたにも/k116l
心にわすられぬる上は其外の事あにかへりみる
へしや此僧都最後臨終の有さまいかか侍りけん
返々ゆかしく覚ゆれ共其おはれる所を不智今は
何の浄土にかいまそかるらん殊にしのはし
くこそ覚侍れ/k117r
1)
底本「あらざりけりなめり」。諸本により訂正。
text/senjusho/m_senjusho05-01.txt · 最終更新: 2016/06/12 16:30 by Satoshi Nakagawa
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