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蒙求和歌

第5第14話(84) 買妻恥醮

校訂本文

買妻恥醮

朱買臣、もとは会稽の人なり。家貧しくて、文道を好みたしなむこと、怠る時なし。そのひまには、薪(たきぎ)をこりてぞ、世を渡りける。

買臣が妻(め)、世のわひびさを耐へかねて、暇(いとま)を乞ひて、「別れなむ」と言ふを、「われ、四十より富み栄ふることあるべし。すでに、三十九になれば、今年ばかりを待ち見よ」と、ねむごろに言ひこしらえけれども、聞かずして、去り離れにけり。さすがに、年ごろにもなりにければ、とにかくに慕はしく思ひけれども、かひもなし1)

さて次の年、買臣が文道にかしこきことを讃めて、武帝、召して、まづ侍中に拝して、次に会稽の太守に移されぬ。「富貴にして故郷へ帰らざるは、錦を衣して夜行くがごとし。なんぢ、今すでに故郷(ふるさと)に至るべし」と聞こへければ、跪(ひざまづ)きてかしこまりけり。

任に赴く時、さきの妻、あやしの賤(しづ)の姿にて、道を作りけり。これを見るに、目も暗れ、心も消ゆる心地して、呼びて見れば、いふばかりなく痩せ衰へて、ありしにもあらずなりにけり。

女、始めは思ひもよらざりけり。よくよく語らひわたるままに、昔の買臣と思ふより、恥かしさのあまりに、倒(たふ)れ伏して、やがて死ににけり。

恥醮は改醮を恥づるなり。昔、日皮京が妻龍氏、皮京におくれて後、躬者多けれども、心に誓ひて改醮せずと言へり。また、馬元正が妻、尹氏、元正2)におくれて後、心ならず玄盛に入られにけり。再醮を憂ふる余りに、三年もの言はざりけり。

  待てと言ひし春にもあはであれにける後(のち)の心ははづかしの森

翻刻

買(ハイ)妻(セイ)恥(チ)醮(セフ)
朱買臣モトハ会稽ノ人ナリ家マツシクテ文道ヲコノミ
タシナムコトヲコタルトキナシソノヒマニハタキキヲコリテソヨヲ
ワタリケル買臣カメヨノワヒシサヲタヘカネテイトマヲコヒテ
ワカレナムトイフヲワレ四十ヨリトミサカフルコトアルヘシステニ
卅九ニナレハコトシハカリヲマチミヨトネムコロニイヒコシラエ
ケレトモキカスシテサリハナレニケリサスカニトシコロニモナリニ
ケレハトニカクニシタハシクヲモヒケレトモナシサテ次ノ
トシ買臣カ文道ニカシコキコトヲホメテ武帝メシテマツ
侍中ニ拝シテ次ニ会稽ノ大守ニウツサレヌ冨貴ニシテ
不帰故郷ヘ如衣錦夜行(カ)汝チ今ステニフルサトニ至ルヘシト
キコヘケレハヒサマツキテカシコマリケリ任(ニム)ニヲモムクトキサ
キノメアヤシノシツノスカタニテミチヲツクリケリコレヲミル/d1-42r
ニメモクレココロモキユル心地シテヨヒテミレハイフハカリナク
ヤセヲトロエテアリシニモアラスナリニケリ女ハシメハヲモヒモ
ヨラサリケリヨクヨクカタラヒワタルママニ昔ノ買臣トヲモフ
ヨリハツカシサノアマリニタフレフシテヤカテシニニケリ恥(チ)

醮(セウ)ハ改(カイ)醮ヲハツルナリ昔日皮(ヒ)京(ケイ)カ妻(メ)龍(リョウ)氏(シ)皮京ニ
ヲクレテ後躬(ヘイ/ヨハフ)者(シャ/モノ)ヲホケレトモ心ニチカヒテ不(セス)改醮ト云リ
マタ馬元正(セイカ)妻(メ)尹(ヰム)氏元西ニヲクレテ後ココロナラス玄盛
ニイラレニケリ再醮ヲウレウルアマリニ三年モノイハサリケリ
  マテトイヒシハルニモアハテアレニケルノチノ心ハハツカシノモリ/d1-42l
1)
「かひもなし」底本、「かひも」なし。書陵部本(桂宮本)により補う。
2)
底本「元西」。書陵部本(桂宮本)により訂正。
text/mogyuwaka/ndl_mogyuwaka05-14.txt · 最終更新: 2017/12/03 18:29 by Satoshi Nakagawa
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