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古本説話集

第67話 観音、信女に替りて田を殖うる事

観音替信女殖田事

観音、信女に替りて田を殖うる事

校訂本文

今は昔、河内国にいみじう不合なる女の、知れる人もなく、ただ一人ありけり。

すべき方もなかりければ、「田人(たをと)買はん」といふ者を呼びて、筵も、笠・尻切(しりけれ)なども取りて過ぐるほどに、その日といふこともなければ、またも言ふを呼びつつ、よろづの人の物を取りつつ使ひけるほどに、「二十人に言承(ことう)けをしてけり」と思ふに、いといとあさましく、「さは、おのづから同じ日も来て呼ばば、いかがせむずらん。一日(ひとひ)に五所(いつところ)呼ばば、いかがせんずらん」と思ひ嘆きつつ過すほどに、夕さりは叩きて呼ぶ人あり。

「誰(た)そ」と言へば、「明日、田植ゑんずるなり。つとめては、またとくとくおはせ。そこそこなり。これよりいとなし」とて往ぬ。「先づかく言ふ所へこそは行かめ」と思ふほどに、また、うたて。同じやうに言ふ。「あなわびし。いかがせん。またかく来てや言はむ」と思ひて、「隠れもせばや」と思へど、隠るべき方もなし。「いかがせむ」とて、ただ「あ」と言承けをしゐたり。

「さりとも同じ日は、さのみやは言はむ」と思ひてあるほどに、廿人ながら「明日」「明日」と、ただ同じやうに言ふに、いといとあさまし。

「さりとも、『かく同じ日しもやは』とこそ思ひつれ、いとあさましきわざをもしつるかな」と、「一所(ひとところ)は往なむず。残りの務め、いかに言はむずらん」と思ひやる方なきままに、年ごろ、一尺ばかりなる観音を作り奉りて厨子に据ゑ参らせて、食ふ物の初穂(はつを)を参らせつつ、「大悲観音、助け給へ」と言ふより他にまた申すこともなかりければ、厨子の前にうつ伏し伏して、よろづわびしきままに、「かかる言承けし候ひて、いま十九人の人に言ひ責(せた)められんが、わびしきままに『いづちも、いづちも、まかりやしなまし』と思ひ候へども、『年ごろ頼み参らせたる仏を捨て参らせては、いかがはまからん。また、人の物を取り使ひては、いかでかただにては止まむ。やうやうづつもこそはし候はめ』と思ひ候ふを、いかが候ふべき」と泣き伏したるほどに、夜明けぬれば、「さりとて、あらんやは」とて、初め呼びし所へ往ぬ。「とく来たり」とて、喜び饗応(きやうよう)せらるれども、心には、「残りの人々もいかに言ふらん。呼びにや来らん」と思ふにしづ心なし。

日暮らし植ゑ困(こう)じて、夕方帰りて、仏うち拝み参らせて、より臥したれば、戸をうち叩きて、「これ開け給へ」と言ふ人あり。「残りの所より『来ず』とて、人の言ひに来たるにや」と思ふほどに、「今日、年老ひ給へるほどよりは、『五六人が所を、あさましくまめに、とく植ゑ給ひつれば、同じことなれど、うれしくなむある。困ぜられぬらん。これ参れ』とあるなり」とて、おものを一前、いときよげにして、桶にさし入れて、持て来たり。

心やすくなりてあるに、また同じやうに戸をうち叩きて、ありつるやうに言ひて、物を持て来たり。その度(たび)は心得ず思ふに、また同じやうに叩けば、「いかに、いかに」と思ふに、ただ同じ事を言ひて、門(かど)をもえ立てあへぬほどに持て集ひたるを見れば、二十人になりたり。

心得ず思へど、「いかがはせん」とて、よき魚(いを)どもなとあれば、物よく食ひて、「観音のせさせ給へることなめり」と、うれしくて、寝たる夜の夢に見るやう、「己がいたくわび嘆きしが、いとほしかりしかば、いま十九人が所には、我たしかに植ゑて、清く真心に歩きつるほどに、我も困じにたり」とて、苦しげにて立たせ給へりと見て、覚めぬ。あはれに悲しく、貴くて、仏の御前に額に手を当てて、うつ伏し伏したり。

とばかりありて、見上げたれば、夜も明けにけり。「明かくなりにけり」とて、厨子の戸を押し開けたれば、仏を見奉れば、腰より下(しも)は泥(でい)に浸りて、御足も真黒(まくろ)にて、左右(ひだりみぎ)の御手に苗をつかみて、苦しげにて立たせ給へるに、悲しと言ふもおろかなり。「我身のあやしさに、かく苦しめ参らせたる事、また、かく歩かせ参らせ、あはれに悲しく貴さ」など思ふに、涙せき止むべき方もなくて、あるにをりける。

その観音の植ゑさせ給ひける田は、異所(ことどころ)よりとく出で来、めでたく、日照れども焼けず。雨降れども流れず。とく出で来つつ、「むかへのはやわせ」とて、「ゑんかふくち」など言ひて、今によき所にてあなり。

翻刻

いまはむかし河内国にいみしうふかうなる女の
しれる人もなくたたひとりありけりすへきかたも/b251 e128
なかりけれはたをとかはんといふ物をよひてむしろ
もかさしりけれなともとりてすくるほとにその
ひといふこともなけれは又もいふをよひつつよろつの
ひとの物をとりつつつかひける程に二十人にことう
けをしてけりと思ふにいといとあさましくさは
おのつからおなしひもきてよははいかかせむすら
んひとひにいつところよははいかかせんすらんと
おもひなけきつつすくすほとにゆふさりはたたきて
よふひとありたそといへはあすたうへんする也つと
めてはまたとくとくおはせそこそこ也これよりいと/b252 e129
なしとていぬまつかくいふ所へこそはいかめとおもふ
ほとに又うたておなしやうにいふあなわひしいかか
せん又かくきてやいはむとおもひてかくれもせはやと
思へとかくるへきかたもなしいかかせむとてたた
あとことうけをしゐたりさりともおなしひは
さのみやはいはむと思ひてある程に廿人なからあす
あすとたたおなしやうにいふにいといとあさましさり
ともかくおなしひしもやはとこそ思ひつれいとあ
さましきわさをもしつるかなとひとところはい
なむすのこりのつとめいかにいはむすらんと思/b253 e129
やるかたなきままにとしころ一尺はかりなる観
音をつくりたてまつりてつしにすゑまいらせてく
ふ物のはつををまいらせつつ大ひ観音たすけ給
へといふよりほかにまた申こともなかりけれは
つしのまへにうつふしふしてよろつわひ
しきままにかかることうけし候ていま十九人
のひとにいひせためられんかわひしきままにいつ
ちもいつちもまかりやしなましと思ひ候へともとし
ころたのみまいらせたるほとけをすてまいらせては
いかかはまからん又人の物をとりつかひてはいかてかたた/b254 e130
にてはやまむやうやうつつもこそはし候はめと思ひ候
をいかか候へきとなきふしたるほとによあけぬ
れはさりとてあらんやはとてはしめよひしとこ
ろへいぬとくきたりとてよろこひきやうようせら
るれともこころにはのこりの人々もいかにいふらん
よひにやくらんと思ふにしつ心なしひくらし
うへこうしていふかたかへりてほとけうちおかみま
いらせてよりふしたれはとをうちたたきてこれ
あけ給へといふ人ありのこりのところよりこす
とて人のいひにきたるにやと思ふほとにけふとし/b255 e130
をひ給へる程よりは五六人かところをあさましく
まめにとくうへ給つれはおなしことなれとうれし
くなむあるこうせられぬらんこれまいれとあるなり
とてをものを一前いときよけにしておけにさ
しいれてもてきたり心やすくなりてあるに
又おなしやうにとをうちたたきてありつるやうに
いひて物をもてきたりそのたひは心えす思ふに
又おなしやうにたたけはいかにいかにとおもふにたた
おなし事をいひてかとをもえたてあへぬほと
にもてつとひたるをみれは二十人になりたりここ/b256 e131
ろえす思へといかかはせんとてよきいをともなとあれは
物よくくひて観音のせさせ給へることなめりとうれ
しくてねたるよのゆめにみるやうをのれかいたく
わひなけきしかいとをしかりしかはいま十九人か
ところには我たしかにうへてきよくまこころに
ありきつる程に我もこうしにたりとてくる
しけにてたたせ給へりと見てさめぬあはれに
かなしくたうとくてほとけの御前にひたひにてを
あててうつふしふしたりとはかりありてみあけた
れはよもあけにけりあかくなりにけりとて/b257 e131
つしのとををしあけたれは仏をみたてまつれは
こしよりしもはていにひたりて御あしもま
くろにてひたりみきの御てになへをつかみてく
るしけにてたたせ給へるにかなしといふもお
ろか也わかみのあやしさにかくくるしめまい
らせたる事又かくありかせまいらせあはれにか
なしくたうとさなと思ふになみたせきととむへ
きかたもなくてあるにをりけるその観音のうへ
させ給けるたはことところよりとくいてきめてたく
ひてれともやけすあめふれともなかれすとくいて/b258 e132
きつつむかへのはやわせとてゑんかふくちなといひ
ていまによき所にてあなり/b259 e132
text/kohon/kohon067.txt · 最終更新: 2014/09/21 13:31 by Satoshi Nakagawa
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