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古本説話集

第51話 西三条殿の若君、百鬼夜行に遇ふ事

西三条殿若君遇百鬼夜行事

西三条殿の若君、百鬼夜行に遇ふ事

校訂本文

今は昔、西三条殿1)の若君2)、いみじき色好みにておはしましけり。昔の人は、大人び給ふまで、御元服などもし給はざりけるにこそ。

その若君、東の京に思ふ女持ちて、時々おはしけるを、殿、上、「夜歩(よるありき)きし給ふ」とて、いみじく申し給ひければ、人にも知られで、侍の馬を召して、小舎人童一人ばかり具して、殿は西の大宮よりは東、三条よりは北なり、二条へ出でて東ざまへおはしけるに、美福門の前のほどに、東の大宮の方より、人、二三百人ばかり、火灯して、ののしりて来。

「いかがせんずる。いづくにか隠れんずる」と、若君のたまへば、童の申すやう、「昼見候ひつれば、神泉(しせん)の北の方の御門、開きて候ひつ。それに入りて、立たせおはしませ」と言へば、馳せ向かひて、北の方の門に入り給ふ。柱のもとに、かがまりゐぬ。

火灯して過ぐるものどもを見給へば、手三つ付きて、足一つ付きたるものあり。目一付きたるものあり。「早く、鬼なりけり」と思ふに、ものも思えずなりぬ。

うつぶしてあるに、この鬼ども、「ここに人気配こそすれ。搦め候はん」と言へば、もの一人、走りかかりて来なり。今は若君、「限りぞ」と思ふに、近くも寄らで走り返りぬ。「など搦めぬぞ」と言ふなれば、「え搦め候はぬなり」と言ふ。「など搦めざるべきぞ。たしかに搦めよ」とて、また異鬼(ことおに)をおこす。同じこと、近くも寄らず、走り返りて往ぬ。「いかにぞ。搦めたりや」「え搦め候はず」と言へば、「いとあやしきこと申す。いで、をのれ搦めん」と言ひて、かくをきつる物、走り来て、先々よりは近く来て、むげに手かけつべく来ぬ。「今は限り」と思ひてある間に、また走り返りて往ぬ。

「いかにぞ」と問へば、「まことにえ搦め候ふまじきなりけり」と言ふ。「いかなれば」と人だちたるもの言ふなり。「尊勝陀羅尼のおはしますなり」と言ふ声を聞きて、多く灯したる火、一度(ひとたび)にうち消つ。東西に走り散る音して失せぬ。中々その後、頭の毛太りて、恐しきこと限りなし。

さ言ひて、あるべきことならねば、我(あれ)にもあらで、馬に乗りて、親の御もとへ帰り給ひて、心地のいみじく悪しかりければ、やをら臥しぬ。御身もいと熱くなりぬ。

乳母(めのと)、「いづくにおはしましたりつるぞ。殿、上の、『かばかり夜歩きせさせ給ふ』とて申させ給ふに、『かくおはします』と聞かせ給はば、いかに申させ給はん」と言ひて、近く寄りて見るに、いと苦しげなれば、「など、かくはおはしますぞ」とて、身もかいさぐれば、いみじく熱げなれば、「あないみじ。にはかに」とて乳母まどふ。

その折に、ありつるやうを語る。乳母、「稀有(けふ)に候ひけることかな。兄人(せうと)の阿闍梨(あざり)に書かせて、御頸に入れ候ひしが、いみじく貴く候ひけることかな。あなあさまし。さなからましかば、いかならん」と言ひて、額に手を当てて泣くこと限りなし。二三日ばかり、ぬるみ給ひたりければ、御祈りどもはじめ、殿、上、騒ぎ給ひけり。

暦を見給ひければ、夜行にてその夜ありけり。「なほ、守りは身に具すべきなりけり」と人言ひて、守りを人かけ奉る。今もなほ具し奉るべきなり。

翻刻

いまはむかしさい三条とののわかきみいみし
き色このみにておはしましけりむかしのひとは/b140 e71
おとなひ給まて御けんふくなともしたまはさ
りけるにこそそのわかきみひんかしの京に思
女もちてときときおはしけるを殿うへよるあ
りきしたまふとていみしく申給けれは人
にもしられてさふらひのむまをめしてこと
ねりわらは一人はかりくして殿は西の大宮より
はひんかし三条よりはきたなり二条へいててひ
むかしさまへおはしけるにひふくもんのまへ
のほとにひんかしの大宮のかたよりひと二三
百人はかり火ともしてののしりてくいかかせんする/b141 e71
いつくにかかくれんするとわか君の給へはわらはの
申やうひる見候つれはしせんのきたのかたの御
かとあきて候つそれにいりてたたせをはしませ
といへははせむかひてきたのかたのかとにいり給
はしらのもとにかかまりゐぬひともしてす
くる物ともをみ給へはてみつつきてあしひと
つつきたる物ありめ一つきたるものありは
やくおになりけりと思ふに物もおほえす
なりぬうつふしてあるにこのおにともここ
にひとけはひこそすれからめ候はんといへは/b142 e72
もの一人はしりかかりてくなりいまはわかき
みかきりそとおもふにちかくもよらてはしり
かへりぬなとからめぬそといふなれはえからめ
候はぬ也といふなとからめさるへきそたしかに
からめよとて又ことおにををこすおなし事
ちかくもよらすはしりかへりていぬいかにそ
からめたりやえからめ候はすといへはいとあや
しき事申いてをのれからめんといひて
かくをきつる物はしりきてさきさきよりは
ちかくきてむけにてかけつへくきぬいまは/b143 e72
かきりとおもひてあるあひたにまたはしり返
ていぬいかにそととへはまことにえからめ候まし
きなりけりといふいかなれはと人たちたる
ものいふ也そむせうたらにのおはします也と
いふこゑをききておほくともしたる火ひと
たひにうちけつとうさいにはしりちるをと
してうせぬ中々その後かしらのけふとり
ておそろしきことかきりなしさいひてある
へき事ならねはあれにもあらてむまにのりて
おやの御もとへかへり給て心ちのいみしく/b144 e73
あしかりけれはやをらふしぬ御みもいとあ
つくなりぬめのといつくにおはしましたり
つるそ殿うへのかはかりよるありきせさせ給とて
申させ給にかくおはしますときかせ給はは
いかに申させ給はんといひてちかくよりてみ
るにいとくるしけなれはなとかくはおはします
そとてみもかいさくれはいみしくあつけなれ
はあないみしにはかにとてめのとまとふその
をりにありつるやうをかたるめのとけふに
候けることかなせうとのあさりにかかせて御く/b145 e73
ひにいれ候しかいみしくたうとく候けることか
なあなあさましさなからましかはいかならん
といひてひたひにてをあててなくことかきり
なし二三日はかりぬるみ給たりけれは御い
のりともはしめ殿うへさはき給けりこよみ
をみたまひけれはやきやうにてそのよあ
りけりなをまほりは身にくすへきなり
けりと人いひてまほりをひとかけたてまつ
るいまもなをくしたてまつるへき也/b146 e75
1)
藤原良相
2)
藤原常行
text/kohon/kohon051.txt · 最終更新: 2016/01/29 14:57 by Satoshi Nakagawa
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