text:karakagami:m_karakagami4-06
唐鏡 第四 漢武帝より更始にいたる
6 漢 孝武帝(6 鈎弋夫人)
校訂本文
鈎弋夫人(こうよくふじん)1)といふ人あり。帝(みかど)2)の寵姫(ちようき)なり。趙婕婦(てうせうふ)と申す。皇子を生み給へり。孝昭皇帝3)これなり。
帝は後には、「この御子を位につけん」と思し召して、そのことなき4)科(とが)をいひつけて、鈎弋夫人を責め殺しつ。その時に、にはかに大風吹きて、塵を吹き上ぐ。暮れ5)ゆくことかぎりなし。人ども、「ゆゆしきことなり」と、あさみあひけり。
その後、帝、人々に、「世の人、いかが言ひ合ひたる」と問ひ給へば、人々の申さく、「その御子を位につけ奉らんとて、何ぞその母を殺さるるや」とぞ申し合ひたる。帝、仰せらるるやう、「まことにしかなり。されども、昔より天下の乱るるは、君若くて母盛りなるゆゑなり。女王の僻事(ひがごと)は、いかにも世の乱るることなり。なんたち、呂后6)のことを見ずや」となり。
翻刻
めて香夢殿とそなつけられける鈎弋夫人(コウヨクフシン)といふ人あり 御門の寵姫(テウキ)なり趙婕婦(テウシヤウフ)と申す皇子をむみ給へ り孝昭皇帝これなり御門はのちにはこの御子を位 につけんとおほしめしてそのことく(事イ)なきとかをいひ つけて鈎弋夫人をせめころしつその時ににはかに大風 ふきて塵をふきあくくれの(イナシ)ゆくことかきりなし 人ともゆゆしき事なりとあさみあひけりそののち/s104r・m186
御門人々によの人いかかいひあひたるととひ給へは人々 の申さくその御子を位につけたてまつらんとて何そ その母をころさるるやとそ申あひたる帝おほせらるる やうまことにしかなりされ共昔より天下のみたるる は君わかくて母さかりなるゆへなり女王のひか事はいかに もよのみたるる事なりなんたち呂后のことをみす やとなり或時に帝郎暑(ラウシヨ)を過給に顔駟と云もの/s104l・m187
text/karakagami/m_karakagami4-06.txt · 最終更新: 2023/02/11 12:12 by Satoshi Nakagawa