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text:k_konjaku:k_konjaku9-37

今昔物語集

巻9第37話 震旦周善通依破戒現失財遂得貧賤語 第卅七

今昔、震旦の長安に、周の善通と云ふ人有けり。本貧くして、極て賤し。然れば、世を困む事限無し。

夫婦共に京城の諸寺に行て、僧に仕て、世を経。此れに依て、僧尼、常に此の善通を見る。然れば、此の人を勧めて、懺悔せしめて、仏を礼せしめ、「戒行を受持せよ」と教ふ。善通、教に随て、此の事を勤む。

其の後、善通、常に市に行て、価(あきなひ)を為る間、輙く其の徳、自然(おのづから)に有て、漸く其の物の員多くして、既に千万許に成ぬ。然れば、遠き里に行て、忽に家を賈(かひ)1)て、居住しぬ。世を過すに豊也。

善通、一の女子のみ有り。男子は無し。而るに、善通、昔、夫妻共に堂の内にして、銭四を穴の中に埋て、其の上に瓦を覆ふ。泥を以て、固く封じつ。亦、多く衣物2)を賈て、櫃の中に貯へたり。此の如くして、既に富ぬ。

其の後、善通、善心稍退て、戒行を一旦に欠つ。其の時に見るに、櫃の傍に、衣の帯の垂たる有り。善通、此れを見て、怪むで、忽に鏁(かぎ)を以て開て、櫃の中を見るに、入れる所の物、露も無し。既に空き櫃也。善通、驚き歎て、忽に其の心怒る、

其の時に、彼の一人の女、新く嫁(とつ)げり。善通、「此の女の盗たるぞ」と疑ふ。女、涕泣して、自ら諍ふ。妻、善通に語て云く、「君、試に彼の銭を入たりし穴を開て見よ」と。善通、妻の言に随て、即ち、地を掘て、封を開く。封、皆替らずして、本の如く也。穴の中を見るに、銭、一無し。夫妻、共に此れを見て、弥よ驚き歎く事限無し。「此れ、前世の悪業、并に善心を退せる故也」と知ぬ。

其の後、衣食無くして、貧き事、本の如く成ぬ。然れば、宅を売て、身を養ふ。寄り付く方無して、徒に光福坊に有りとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「賈一本買ニ作ル下同ジ」
2)
底本頭注「物一本服ニ作ル」
text/k_konjaku/k_konjaku9-37.txt · 最終更新: 2017/03/03 17:36 by Satoshi Nakagawa