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今昔物語集

巻9第35話 震旦庾抱被殺曽氏報怨語 第卅五

今昔、震旦の隋の代に、庾抱1)と云ふ人有けり。江南搢紳の士也。幼稚の時、文を学ぶ。庾抱、并びに其の兄、皆、人に知られたる者也。

而るに、大業九年に揚州2)の玄感と云ふ人、乱を成して、帝に違ひ奉る事有り。其の間、彼の庾抱が兄、玄感が同心の者にて、殺されぬ。然れば、「庾抱をも、兄が故に依て、殺さるべし」と聞て、庾抱、窃に逃て、京師に隠ぬ。

亦の年に成て、庾抱、窃に秘書省に入て、本知れる人を尋ねむとす。而る間、煬の帝王、城に在さず。然れば、王城の諸門、閉たり。安上の一門許開て、人、此より出入す。庾抱、恐々(おづお)づ門に入て過る時に、一人の旧く相知たる人に会ぬ。其の人、姓は曽、南人3)也。

此の人、庾抱を見て云く、「我れは、此れ王城の留守也。汝は何所に有るぞ」と。庾抱、相知れる人有るに依て、秘書省へ行く由を答ふ。曽氏、此れを聞て後、別れぬ。

然れば、庾抱、入ぬ。曽氏、□4)を以て庾抱を捕へて、秘書省に将入ぬ。使者、庾抱を捕へたる由を官に申す。

其の時に、王邵と云ふ人有り。秘書省に少監として、本より庾抱を旧く知れり。此れに依て、忽に庾抱を罪せむ事を思はずして、此の庾抱を捕へたる者に向て、王邵の云く、「我れ、早く庾抱を知れりき。此の人は庾抱には非ざる也」と。庾抱、其の詞を心得て、其の音に付て、答て云く、「我れは、南丁の役を避(さ)れり」と。王邵、庾抱を追出して逃がれしめつ。

此の捕へたる者、帰て、曽氏に此の由を告ぐ。曽氏、亦、安上門にして、邀て、庾抱を捕へつ。庾抱、遂に免るまじき事を知て、曽氏に向て云く、「我れ、実に官の為に死なむとす。死ぬる事は、自然(おのづから)の報也。而るに、我れ、君に讎無し。君と我れ、旧く知れりと云へども、君、我れを助くる事無くして、遂に免さざること、尤も恨み也。而るに、我れ死なば、此の事を思ひ知て、必ず相報ずべし」と。然りと云へども、曽氏、終に庾抱を免さずして、殺しつ。

其の後、数日を経て、曽氏が家は太平坊に有て、留守せむが為に、家より王城へ行く間、善科里に寄るに、西門を内にして、忽に庾抱を見る。庾抱、乗馬して、衣冠の姿也。甚だ鮮也。二人の青衣着たる人、後に従へり。曽氏、此れを見て、驚き怪ぶ事限無し。

庾抱、曽氏に云く、「我れ、今、太山の主簿に任ぜり。君が命、既に尽なむとす。今、三年有るべかりつるに、君、我れを殺せり。我れ、天曹に請て、讎を報じて、君を殺さむと為る也」と。曽氏、此れを聞て、頭を叩て、罪を謝して、悔ひ悲む事限無し。「我れ、君が為に、追て善根を修せむ」と請ふ。庾抱、讎の心深しと云へども、「善根を修せむ」と請ふに依て、此れを許して、忽ちに見えず成ぬ。

其の後、亦、数日を経て、曽氏、前の如く庾抱に会ふ。庾抱が云く、「我れ、捕へて君を殺さむと思ふと云へども、君を許す。我が為に七日、善を修せよ。若し、此の事を違へば、我れ、君が頭を取て、持去るべし。若し、君、此の事を信ぜずば、君、死せむ時に至て、面、背に向ふべし」と。曽氏、此の事を聞て、恐れ迷ふ事限り無くして、約を受つれば、庾抱、見えず成ぬ。

曽氏、家に帰て、即ち、彼の庾抱が教への如く、善を修しけり。然りと云へども、曽氏、死ぬる時に臨て、面、背に廻て有る事、彼の庾抱が云ひしに違ふ事無し。此れ偏に、人を殺害せる過也。

此れを以て思ふに、譬ひ讎を報ずと云ふとも、人を殺害する事無かれ。何況や、讎を報ずる心無くして、人を殺害すべきや5)。曽氏、此の罪に依て、悪報を免れむ事難かりなむとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「庾一本庚ニ作ル或ハ康ノ誤カ下同ジ」
2)
底本頭注「州ハ衍字カ」
3)
底本頭注「南ノ上江字ヲ脱セルカ」
4)
底本頭注「曽氏ノ下一本使トアリ」
5)
底本「可殺害ムヤ」
text/k_konjaku/k_konjaku9-35.txt · 最終更新: 2017/03/01 22:29 by Satoshi Nakagawa
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