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今昔物語集

巻9第31話 震旦柳智感至冥途帰来語 第卅一

今昔、震旦の河東に、柳の智感と云ふ人有けり。貞観の初の比、長挙県の令と成る。而る間、智感、暴(にはか)に死ぬ。

明る日、活(いきかへり)て、自ら語て云く、

「我れ、忽に冥官に追はれて、大官府に至る。使者、智感を引て、王に見しむ。王、智感を見て、語て云く、『今、一員の官欠たる事有り。其の故に、汝を召して、其の欠たる所に任ぜむと為る也』と。智感、答て云く、『我れ、老たる親有り。亦、自ら福業有るに依て、未だ死に及ばず。何ぞ、忽に死ぬべけむや』と。王の宣はく、『此れを勘ふるに、実に云ふが如く也。但し、汝、未だ死に当らず。然れば、忽に死ぬべからず。只、権(かり)に此の官府に来つ。録事を判ずべし』と。智感、命に随ふべき由を受つ。

更に、智感を引て、退て、曹(つかさ)に至る。曹に五人の判官有り。智感を加へて六人とす。其の庁の事を見れば、此れ、長き屋也。三間に坐せり。各床案有り。甚だ務むる事繁し。

西の頭に、一の座の所空くして、判官無し。吏、智感を引て、其の座に着かしめつ。郡吏有て、文書・簿帳を持来て、智感に与ふ。案の上に置て、吏、退て、階の下に立てり。智感、此の故を問ふ。吏、気悪くして、智感を逼(せ)む。然れば、遥に案の中の事を以て答ふ。智感、其の案を省み読むに、人間の書の如き也。

而る間、此の判句の人々の為に酒食有り。諸の判官来て、此れを食す。智感、亦此れに就ぬ。其の時に、諸の判官の云く、『君は既に権官也。此れを食ふべからず』と。智感、此の言に随て食はず。

日暮に成て、吏、智感を送て、家に返らしむと思ふに活ぬ」

其の後、日暮に至ぬれば、吏、来て、智感を迎て、彼所に至ぬ。明ぬれば、亦家に還さしむ。此れ、昼夜の事也。夜は冥途の事を判じ、昼は県職に臨を、常ねの事とす。此の如く為る事、既に一年余也。

而るに、智感、冥途に有る間、厠に行くに、堂の西の方にして、一の女人を見る。年四十許也。形ち端正にして、姿美麗也。衣服鮮かにして、吉き人に似たり。立て涙を流す。智感、此れを見て、問て云く、「此れ、何人ぞ」と。女人、答て云く、「妾は是れ豫州1)の司倉参軍の妻也。我れ、捕へられて、此の所に来れり。夫子に既に別れぬ。是れに依て、悲び困む也」と。

智感、此の事を吏に問ふ。吏の云く、「官案に記せるに依て、召問ふべき事有て、捕へて来れる也。其の夫の事を証(あか)さしめむが故也」と。

智感、此れを聞て、女人に問て云く、「君、我をば知らずや。我れは、長挙県の令也。勘へ問はるべき事有て、君を召したる也。夫の事を証さしめむが故也。君、夫を引く事無かれ。夫、司倉と共に死すとも、君が為に益有らじ」と。女人の云く、「実に、我れ夫を引く事有らじ。只、官の逼(せ)めむ事を恐るる也」と。智感の云く、「君、夫を引く事無くば、逼められむ恐れ無からむ」と。女人、此の事を聞畢ぬ。

其の後、智感、州に返て、先づ、司倉の妻を問ふ。「何なる病か有る」と。司倉の云く、「我が妻、未だ年若くして、病ひ患へ無し」と。智感、其の見し所の事を告ぐ。妻の着たりし衣服、并に形・有様を語る。且、勧めて善根を修せしむ。

司倉、此れを聞て、家に怱(いそ)ぎ還て見るに、妻、機を織て居たり。其の患へ無し。然れば、司倉、甚だ此の事を信ぜずして有る間に、十余日を経て、司倉の妻、暴に病を受て死ぬ。其の時に、司倉、始めて恐(お)ぢ怖て、善根を修す。

其の後、亦、豫州の官二人、秩満て、「京の選に趣くべし」と知て、智感に語て云く、「君は判官として冥途に通ぜり。我等、選に何なる官をか得むと為る」と問ふ。

智感、冥曹に至て、其の姓名を以て、少録事に問ふ。少録事の云く、「其の名、并に簿、封じて石の函の中に置けり。二三日有て、其の事答へむ」と。其の期に至て、少録事、来て答ふ。具に今年得べき所の官の名を云ふ。

智感、此れを聞て、州に帰て、二人の此の事を告ぐ。二人、京に至て、選に参る。吏部、其の官を注(しる)して、皆聞かしめず。二人の州官、此れを聞て、智感に語る。

智感、亦録事に問ふ。録事、亦、簿を勘へて云く、「定て我が勘たる如くにして、錯(あやま)つ事有らじ」と。

而る間、選の人、門の下2)を過ぐ。門の下にして、審に此れを語る。吏部、重て是を注すに、終に彼の少録事が勘たる如く也。聞く者、感じて、皆信伏しぬ。

智感、常に冥の簿を以て、其の親識の名状、及び死時の日月を見て、即ち善を修せしめて、多の人を免かれしむる事を得しめたり。

智感、冥途に至て、権判とせる事、三年也。而るに、部吏来て、告て云く、「既に、隆州の李の司戸を授くる事を得て、君に代ふ。君、亦判ずる事有らじ」と。

智感、州に帰て、李の刺史に告ぐ。刺史、李の徳鳳、人を以て、隆州に遥に遣て尋ねしむるに、其の司戸、既に死たり。其の死たる日を尋問ふに、即ち、彼の部吏が来て告げし時に当れり。

然れば、其より後、智感、冥途に行く事絶ぬ。其の後、州の司、智感に囚(めしうど)を領(をさめ)しめて、京に送る。其の時に、鳳州の界の囚、四人逃ぬ。智感に恐れ怖(お)づる故也。捕へ追ふと云へども、数日此れを得ず。

夜る、伝舎に宿せるに、忽に前に見し、冥途の部吏を見る。来て告て云く、「君、囚を得てむとす。一人は死なむとす。三人は南の山の西の谷に有り」と。而るに、智感、終に四の囚に会ぬ。囚、「免れじ」と思て、進み来て抗す。智感、是を挌(うち)て、一囚を殺しつ。然れば、部吏が告げしに違ふ事無し。

智感、今猶任に有て、玆州3)の司戸とせり。光禄卿柳亨、此の事を伝へ語る。柳亨、卭州の刺史として、智感を見て、親く此れを問ふ。而も、御史裴の同節、亦云ふ。「数人の説を見る事、亦、此の如き也」となむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「豫ハ興ノ誤カ下同ジ」
2)
底本頭注「門ノ下ハ門下(省名)ナラン」
3)
底本頭注「玆ハ慈ノ誤カ」
text/k_konjaku/k_konjaku9-31.txt · 最終更新: 2017/02/21 21:06 by Satoshi Nakagawa
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