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今昔物語集

巻9第29話 震旦京兆殷安仁免冥途使語 第廿九

今昔、震旦の□□1)代に、京兆に、殷の安仁と云ふ人有けり。家、大に富て、財宝豊也。本より慈門寺の僧に奉仕す。

而るに、義寧の初めの比、安仁が家に客人来て宿せり。其の客人、他人の馬を盗て、安仁が家にして殺しつ。馬の皮をば、家主の安仁に与つ。

其の後、貞観三年に至て、安仁、路を行くに、一の人に値ぬ。安仁に語て云く、「我れは、此れ官、汝を召す使人也。明日に至て、汝を当に殺すべき也」と。安仁、此れを聞て、恐ぢ怖れて、慈門寺に至て、仏堂の中に坐して、宿を経て出ず。

明る日、食時に至て、三騎の人、并に歩卒数十人、出来ぬ。皆な兵仗を以て入来り。遥に安仁を見て、呼び出す。安仁、応ぜずして、念珠、愈進(まゐら)す。鬼、相2)語て云く、「昨日、安仁を捕へずして、今、安仁、善を修する事此の如し。何に依てか、此れを得べき」と云て、皆去ぬ。但し、一人をば留め置て、安仁を護しむ。

護る人、安仁に語て云く、「君、昔し、馬を殺せり。今、其の馬、君を訴ふ。其の故に、我等、使として、君を求め取らむと為る也。終に君を迎ふべし。君、此の所を去らずと云ふとも、終に遁れ難し。何の益か有らむ」と。安仁、遥に答て云く、「我れ、馬を殺さず。但し、昔し、人、我が家に来り宿したりき。其の人、他人の馬を盗て、殺せりき。但し、其の皮をば、我に得しめたりき。更に我が殺せるに非ず。何ぞ、其の事に依て、召さるべきや。然れば、我れ、君を雇ふ。君、我が為に還て、彼の馬に此の由を語れ。亦、我れ、彼の馬の為に善を修せむ。汝に於ても、利有なむ」と。

鬼、答て云く、「我れ、速に還て、此の由を彼の馬に語るべし。『此の人を許せ』と云はむに、若し、許さずば、明の日に、我れ、亦来らむとす。若し、許さば、我れ、亦来べからず」と云畢て去ぬ。

安仁、明日に成て、待つに、来ず。然れば、喜び思ふ事、限無し。

其の後、安仁、彼の馬の為に善を修す。家、挙て戒を持し、斎会を設て、善根を修しけりとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「代ノ上唐ノトアルベシ」
2)
底本頭注「皆以下ノ三十四字一本ニ拠リテ補フ」
text/k_konjaku/k_konjaku9-29.txt · 最終更新: 2017/02/19 17:26 by Satoshi Nakagawa
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