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今昔物語集

巻9第28話 震旦遂州総管孔恪修懺悔語 第廿八

今昔、震旦に、武徳の初の比、遂州の総管、府の記室参軍、孔恪と云ふ人有けり。俄に身に病を受て死ぬ。

一日を経て、活(いきかへり)て、語て云く、

「我れ、死し時、官府に至れりき。官、我れに問て云く、『汝ぢ、何の故有てか、牛二頭を殺せる』と。孔恪、答て云く、『我れ、更に牛を殺さず』と。官の云く、『先に死たる、汝が弟の、『汝が殺せる也』と構申す也。何の故にか、汝、諍へる』と。此れに依て、孔恪が弟を召す。弟死て、既に数年に成れり。

召されて来れるを、孔恪、見れば、枷・械を蒙て、重く誡められたり。官、弟に問て云く、『汝が申す所の、兄が牛を殺せる事、虚か、実か』と。弟の云く、『孔恪、厨掩賊1)を招て、弟を以て牛を殺さしめて、厨掩賊に食はめぬ。然れば、兄の命を奉(うけたまはり)て殺せる也。自ら殺せるに非ず』と。

孔恪が云く2)、『弟を使として、牛を殺さしめて、厨掩賊に食はしむ。其の功を以て、汝ぢ、官賞を得て、己が利とせりき。何ぞ『国事也』と云ふ』と。

然れば、官、孔恪が弟に云く、『汝ぢ、証(あかし)の為に、久く留たり。而るに、汝ぢが兄、今既に至れり。既に殺さしめたりけり。汝ぢ、罪無し。速に放つ。恣に生を受くべし』と云ふ。其の時に、弟、此れを聞て、亦云ひ叙(の)ぶる事無くして、忽に見えず成ぬ。

亦、官、孔恪に問て云く、『汝ぢ、亦罪有り。汝が家に客人有りしに、鴨を殺して、其の膳(そなへ)として、吉く誉められき。其れ罪に非ずや。亦、鶏の卵六を殺せりき』と。孔恪、答て云く、『我れ、生たりし時、更に鶏の卵を食はず。但し、年九歳なりし時、寒食の日、我が母、六卵を与へたりしを、煮て食たりき』と。官の云く、『然也。但し、其の罪をば、『母に負せむ』と思ふか』と。孔恪が云く、『敢て、母に負ふべからず。只有りし事を叙ぶる許也。其れ、自らが殺せる也』と。

官の云く、『汝ぢ、他の命を殺せる者也。当に罪を受くべし』と云ふに、忽ちに数十人を見る。皆、青き衣を着てあり。孔恪を捕へて、将出づ。

其の時に、孔恪、大きに叫びて云く、『官府、大に濫也』と。官、此れを聞き□、喚び還して、□□何事に依て濫なるぞ』と。孔恪、答て云く、『我れ、生れてより、□□罪□□□□□□□□□□□□□□□□□□□此れ濫なるに非ずや』と。

官、主司を召して、問て云く、『孔恪、何なる善を修したる。何ぞ事を記さざるぞ』と。主司、答て云く、『善をも悪をも、皆録せり。但し、善悪の多少を計るに、若し、善多く罪少きをば、先づ福を受くべし。罪多く善少きをば、先づ罪を受くべし。而るに、孔恪、善は少く罪は多し。其の故に、其の善を叙べさる也』と。

其の時に、官、怒て云く、『汝が叙る所、福少く罪多かる者は、先づ罪を受くべしと云へども、何ぞ、善を記さざる』と云て、命じて、主司を罸(う)つ事百度。罸畢る。血流て、地に濺げり。其の後、孔恪が修せる所の善を記する事、残り無し。

官、孔恪に云く、『汝ぢ、先づ罪受くべしと云へども、我れ、汝を免す。速に還て、人間の七日が間、追て善を修すべし』と云て、『人を以て孔恪を送り出さしむ』と思ふ程に活れり」と語る。

其の後、孔恪、忽に僧尼を請じ集めて、七日が間、共に行道して、懺悔を致す。心を至して、懃(ねんごろ)に勤め行て、第七日に至て、家の人に万事を云ひ置て、俄に死にけりとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「厨掩賊ハ獠賊ノ誤カ下同ジ」
2)
底本頭注「孔恪ガ云クノ下脱文アラン」
text/k_konjaku/k_konjaku9-28.txt · 最終更新: 2017/02/16 22:06 by Satoshi Nakagawa
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