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今昔物語集

巻9第18話 震旦韋慶植殺女子成羊悲語 第十八

今昔、震旦の貞観の中に、魏王府の長吏1)として、京兆の人、韋の慶植と云ふ人有けり。一人の女子有り。其の形ち美麗也。而るに、幼くして死ぬ。父母、此れを惜み悲む事限無し。

其の後、二年許を経て、慶植、遠き所へ行むと為るに、親き一家の類親等2)を集めて、遠き所へ行くべく由を告ぐ。食を儲て、此等に備へむと為るに、家の人、市に行て、一の羊を買ひ取て、持来れり。殺て、此れに備へむとす。

其の母、前の夜の夢に、死にし娘、青き衣著て、白き衣を以て頭を裹て、髪の上に玉の釵一双を差て来たり。此れ、皆生たりし時の衣服・餝り也。母に向て、泣て云く、「我れ、生たりし時、父母、我れを悲愛して、万づを心に任せ給へりしかば、祖(おや)に申さずして、恣に財を取り用ひ、亦、人に与へき。『盗犯には非ず』と思て、祖に告申さざりし罪の依て、今、羊の身を受たり。来て、其の報を償はむが為に、明日に来て、殺されむとす。願くは、母、我が命を免し給へ」と云ふと見て、夢覚ぬ。哀れに思ふ事限無し。

明る朝に、母、飲食を調ふる所を見れば、青き羊の頭白き有り。背白くて、二の斑有り。常に、人、釵差す所也。母、此れを見て云く、「暫く、此の羊、殺す事無かれ。家の主、出ぬれば、還り来て後に、告て免さむと為る也」と。

其の時に、家の主、還り来て、内へ入らずして云く、「何ぞ、此の客人等の飲食遅きぞ」と責め云ふに、飲食を調ふる人の云く、「此□□□3)殺して、客人の飲食に備へむと為るを、女『□□殺すべからず。家主、還□給て後、申して免すべき也』と有に依て、遅□□4)

家主、専らに飲食を速に勧めむが為に、女主に告ずして、羊を殺さむと為るに、既に鈎(つ)り係けつ。

其の時に、客人等来て、此れを見るに、形ち美麗なる女子の、十余歳許なるを、髪に縄を付けて、鈎り係けたり。此の女、叫びて云く、「我れは此の家の娘にて有しが、羊に成て有る也。諸の人、我れを助け給へ」と。

客人等、此れを聞て、「努々此の羊を殺す事無かれ。此の由を告げ申さむ」と云て、家主の所へ行く間に、此の飲食を調ふる人は、只例の羊と見る。「家主、定て飲食の遅き事を嗔りなむ」と思て、殺しつ。其の羊の、殺されて泣く音、殺せる人□□、只例の羊の鳴く音の如し。諸の人の耳には、幼女の泣く音にて有り。其の後、羊を殺して蒸物5)に備へ、焼物に備へたり。

而るに、此の客人等、飲食せずして、皆帰ぬ。慶植、客人等の帰る事を怪で、其の故を問ふ。人有て、具に此の事を語る。

慶植、此れを聞て、泣き悲むで、歎き迷ひける程に、日来を経て、病に成て死ければ、行むと為る所へも行かず成りにけり。

此れを以て思ふに、飲食に依ての咎也。然れば、飲食は少し持隠して、調へ備ふべき也。心に任せて、迷ひ調へ備ふべからずとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本「長史」。誤植とみて訂正。
2)
底本頭注「類親諸本親類ニ作ル」
3)
底本頭注「此ノ下一本ノ羊ヲトアリ」
4)
底本頭注「遅ノ下一本キナリトアリ」
5)
底本頭注「蒸一本羹ニ作ル」
text/k_konjaku/k_konjaku9-18.txt · 最終更新: 2017/02/04 18:18 by Satoshi Nakagawa
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