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今昔物語集

巻9第17話 震旦隋代人得母成馬泣悲語 第十七

今昔、震旦の隋の大業の代に、洛陽に一人の人有けり。

他の人有て、馬一頭を与へたり。此の人、此の馬を得て、年来家に有る間、此の人、寒の時、酒食を以て墓を祭るに、此の馬に乗て墓へ行くに、一の河を渡らむと為るに、馬、敢へて河を渡らず。然れば、乗たる人、馬を打つに、馬の頭・面、打傷られて、血を流す。遂に、墓に至て、馬をば放て、墓を祭る間1)に、馬、俄に失ぬ。

其の墓祭る人の家に、本より一人の妹居たり。家主の、墓を祭らむが為に出たる間に、妹独り有て、見れば、俄に、我が死し母、入来れり。頭・面より血を流して、形ち・有様、衰へて、泣く事限り無くして、女に告て云く、「我れ、生たりし時、汝が兄の米五升を取て、汝に与たり。此れに依て、罪報を得て、今、馬の身を受て、汝が兄に其の報を償ふ、2)事、既に五年也。今日、河を渡らむと為るに、水深くして恐るる間、汝が兄、鞭を以て我れを打つに、頭・面、悉く打傷られて、血を流す。『家に帰らむ』と為るに、強に尚我れを打つ。然れば、我れ、走り来て、汝に告ぐ。我れ、今償ふ事、既に畢なむとす。何ぞ甚だ理に非ずして、苦を受けむ」と、云畢て、走り出ぬ。娘、驚き騒て、此れを尋るに見えず。娘、其の傷られたる形の所を記ぬ。

而る間、既に、兄、還り来たり。女、先づ兄が乗れる所の馬の頭・面の、傷れ破れて血の流れたる形を見て、其の母の傷られたりつる形に見合はするに、違ふ事無し。

其の時に、女、馬の許に行て、馬を抱て泣き悲む事限無し。兄、此れを見て、怪むで、此の事を問ふ。女、具に母の来たりつる事を、泣々く語る。兄の云く、「馬、初め、敢て河を渡らずして失ぬ。帰る間に出来れる也。此れを聞くに、違ふ事無し」と云て、亦、馬を抱て、共に泣き悲む事限無し。馬、亦、涙を流して、水・草を食はず。

其の時に、兄・妹、共に跪て、馬に向て云く、「若し、此れ実の母に在さば、願はくは、草を食し給へ」と。其の時に、馬、即ち草を食し、□□□□3)、妹、其の時に、粟・豆の食を以て、五戒を持てる人の所に行て、馬□□□□□□4)、馬、即ち□□□食す。其の後、馬、既に死ぬ。兄・妹、此れを取て、葬する事、実の母に異らず。

此れを以て思ふに、「人の許に有らむ、牛・馬・犬・雞等、皆前世の償ふ所有て来れる也」と疑て、強ちに呵嘖を加ふべからざる也となむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「間一本時ニ作ル」
2)
底本、以下脱文。「鞭を」まで鈴鹿本により補う。
3)
底本頭注「食シノ下一本ヲハレバトアリ」
4)
底本頭注「馬ノ下一本抜苦結縁シテ馬ニ与フ馬即チ食ストアリ」。鈴鹿本「馬□備フルニ」
text/k_konjaku/k_konjaku9-17.txt · 最終更新: 2017/02/04 16:43 by Satoshi Nakagawa
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