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今昔物語集

巻7第4話 震旦僧智諳誦大般若経二百巻語 第四

今昔、震旦の京に一人の僧有けり。名をば僧智と云ふ。

初め、其の母、夢に香炉を呑むと見て、懐妊して、僧智を生ぜる也。生れて後、初めて般若の名を唱ふ。人、此れを聞て、怪び思ふ。廿歳に至る時、大般若経二百巻を諳(そら)に誦し、残りをば思(おぼ)えずして、誦する事無し。出家の後、日毎の所作として、一百巻を誦する事怠らず。

而る間、僧智、心の内に思はく、「我れ、大般若経二百巻を諳に誦して、残りを思えざる、其の故を知らず。然れば、祈念して、此の故を知らむ」と思ふ。

其の時に、僧智、夢に一人の沙門来て、告て云く、「汝ぢ、前世に弊(つたな)き牛の身を受たりき。其の牛の主有て、大般若経二百巻を其の牛に負せて、寺へ持行くに、深き泥を踏て、蹶き行きき。此の功徳に依て、汝ぢ、人間に生れて、沙門と成て、大般若経二百巻を諳に誦する事を得たり。残りは、結縁せざる故に、諳に思ゆる事無し。汝ぢ、此の身より、雷音寺の国に生まるべし」と告ぐと見て、夢覚ぬ。其の後、此の事を明かに知て、前世の事を謝しけり。

然れば、「善悪の事、皆前世の結縁に依る也けり」と、人、皆知りけりとなむ、語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku7-4.txt · 最終更新: 2016/11/20 18:10 by Satoshi Nakagawa
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