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今昔物語集

巻7第26話 震旦魏州刺史崔彦武知前生持法花語 第廿六

今昔、震旦の隋の開皇の代に、魏州の刺史、博陵の崔の彦武1)と云ふ人有けり。

其の州を廻て見るに、一の里に至て、彦武、俄に驚き喜て、共なる一人の官人を呼て、語て云く、「我れ、昔し、前の世に、此の里の中に有て、女の身を受て、人の妻と有りき。我れ、今、其の家の所を思ひ出たり」と云て、馬に乗れる人一人を里に入れて、一の家に至て、門を叩かしむ。

家の主人有り。年老たる者也。彦武、来れる由を云ひ、入たれば、家主、彦武を家に呼び入る。彦武、其の家に入て、上に登て、先づ壁の上を見れば、地を去る事、六・七尺許に、壁の上に高き所有り。彦武、来れを見て、家主に語て云く、「我れ、昔し、読誦し奉れりし所の法花経、及び、我が身の具たりし金の釵五隻を、此の壁の中の高き所に隠し置たり。其の経の第七巻の終り一枚、火に焼て、文字失せ給へり。我れ、常に此の経を読誦し奉りにしも、『其の第七巻の終りの、焼け給へる所を書写し奉らむ』と思ひ乍ら、常に家業を営る間、忘れて書く事無かりき」と云て、忽に人を以て、壁を穿て、経箱を取り出たり。実に第七巻の終り、一枚焼け給へり。亦、金の釵を見るに、皆彦武の言に違ふ事無し。

家主、此れを聞て、本縁を知らざるが故に、怪むで、彦武に其の故を問ふ。彦武、答て云く、「汝ぢ、知らずや。我れは、此れ、汝が妻として、此の家に有りき。我れ、産に依て死せりし也」。

家主、此の事を聞て、涙を流して、泣き悲むで云く、「実に、我が妻、常に此の経を読誦し奉りき。亦、釵、其の人の物也。君、昔の我が妻に在しけり。但し、其の人の死し時、自の髪を切てき。而るに、其の置く所を隠して、我れに云はざりき。君、即ち、其の髪置き給けむ所を教へ給へ」と。

彦武、寄て、庭の前に有る槐を指て云く、「我れ、産せむと為し時、自からの髪を切て、此の木の上に、穴の中に置てき。于今有りや」と、「試に人を昇らしめて、捜らしめよ」と。即ち、言に随て、人を昇らしめて、穴を捜らしむるに、其の髪を取り出たり。家主、此れを見て、泣き悲む事限無し。

彦武、昔の事を家主に知らしめて後、深き契を成して、相ひ語ふ事、昔の夫妻の時の如し。亦、彦武、種々の財宝を家主に与へて、還り去ぬ。

此れを以て思ふに、生を隔てずして、人界に生れたる人は、此の如き前世の事を知る也けり。此れ、偏に法花経を読誦する故に、二度び人間に生れて、宿因の厚き事を顕せる也となむ、語り伝へたるとや。

1)
鈴鹿本「雀ノ産武」
text/k_konjaku/k_konjaku7-26.txt · 最終更新: 2016/12/29 15:01 by Satoshi Nakagawa
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