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今昔物語集

巻6第48話 震旦童児聞寿命経延命語 第四十八

今昔、震旦の唐の玄宗の代に、開元の末に、一人の相師有り。人の命の長短を知る事、掌を指すが如し。

而る間、相師、資聖寺と云ふ寺の門の内に有て聞くに、門の外に人の音有り。其の音、只今今日許の命有り。

即ち、相師驚て、怱(いそ)ぎ出でて見るに、一人の童児有り。形貌端正也。相師、此れを見て、問て云く、「汝が年、幾(いく)らぞ」と。童児、答て云く、「年十三也」と。相師、哀みの心深しと云へども、云ふ事無くして、門の内に入ぬ。

明る日、其の辺にして、彼の童児に値ぬ。其の年、既に延て、七十余也。相師、「奇異也」と思て、童児に問て云く、「昨日汝を見しに、命、亦昨日許也を、然るに、今日見るに、命、既に七十余也。何なる善根有て、命を延べたるぞ」と。童児、答て云く、「我れ、今夜、僧房に寄宿したりつ。而るに、僧有て、寿命経1)を転読するを聞きつ。更に外の事無し」と。僧師、讃(ほめ)て云く、「此れ、仏法の不思議の力也。浅き智を以て、量るべからず」と云て去にけり。

此れを以て思ふに、実に、心に非ず経を誦するを聞きたる功徳だに此の如し。何況や、心を発して書写し、受持せらむ人の功徳、思遣るべしとなむ、語り伝へたるとや。

1)
金剛陀羅尼寿命経
text/k_konjaku/k_konjaku6-48.txt · 最終更新: 2016/11/12 19:39 by Satoshi Nakagawa
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