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今昔物語集

巻6第4話 康僧会三蔵至胡国行出仏舎利語 第四

今昔、天竺に康僧会三蔵と申す聖人在ましけり。仏法を植へむが為に、震旦に渡りけるに、胡国と云ふ所に行ぬ。

其の国の王、三蔵を見て、未だ三宝を知らざりければ、怪で、「何人ぞ」と問ふに、三蔵、答て宣はく、「我れは西国の釈迦仏の御弟子也。仏法を伝へむが為に、震旦国へ渡る間来れる也」と。王の宣はく、「其の釈迦仏、于今在すや否や」と。三蔵、答て宣はく、「釈迦仏は諸の衆生の為に法を説置て、早く涅槃に入給ひにき」と。王の宣はく、「汝ぢ、『釈迦仏の弟子』と名のると云へども、其の仏は早く涅槃に入給ひにけり。然れば、誰を以て師とは憑むぞ」と。三蔵、答て宣はく、「釈迦仏、涅槃に入給ひにきと云へども、舎利を遺して、衆生を導き給へり」と。国王、宣はく、「然らば、其の舎利は相具し奉れりや」と。三蔵、答て宣はく、「舎利は天竺に在ます。我れ、相具し奉らず」と。国王の宣はく、「汝が云ふ事、事毎に当らざれば、我れ信ぜず。何を以てか、舎利の有無を知らむ」と。三蔵、答て宣はく、「舎利、具し奉らずと云ふとも、祈り奉らば、自然ら出御(いでおは)する者也」と。王の宣はく、「然らば、汝ぢ、此の所にして、舎利を祈り出せ」と。三蔵、祈り出だすべき由を受給ひつ。王の宣はく、「汝ぢ、若し舎利を祈り出ださずば、何(いか)に」と。三蔵の答へ給はく、「舎利を祈り出ださずば、此の身の頸を取るべき也」と。然らば、今日より始めて七日を限にて、祈るべき由、王の仰せに依て始む。

三蔵、紺瑠璃の壺を机の上に置て、花を散じ、香を焼て、祈り申し給ふに、七日過ぬ。国王の宣はく、「舎利、出給へりや、何に」と。三蔵、「今七日を延べらるべき」と申し給へば、七日を延べて、祈り給ふに、亦七日に満ぬれども、舎利、見え給はず。

国王、亦、「何に」と問ひ給ふに、三蔵、今七日を延べらるべき由を申し給ふに随て、七日を延べられる。其の時に、三蔵、誠の心を発して、礼拝恭敬して祈り給ふ程、六日と云ふ暁に、瑠璃の壺の内に、大きなる舎利一粒、現じ給へり。壺の内より光を放つ。其の時に、三蔵、舎利出給へる由を国王に申し給ふ。

国王、驚て、其の所に行て見給ふに、実に瑠璃の壺の内に、丸なる白き玉有り。1)壺の内より白き光を放つ。

国王、此れを見て宣はく、「汝が祈り出せる所の舎利、実否を知り難し。何を以てか、実の舎利と知るべき」と。康僧会の宣はく、実の仏舎利は、劫焼の火にも焼かれず、金剛の杵にも砕かれず」と。国王の宣はく、「然らば、舎利を試るべし。何に」と。康僧会、「速に試みらるべし」と宣て、舎利に向て誓て云く、「我が大師釈迦如来、涅槃に入給て久く成ぬれど、『滅後の衆生を利益せむ』と誓ひ置き給へり。願くは、威力を施して、広く霊験を示し給へ」と。

其の時に、国王、舎利を瑠璃の壺の中より取出して、鉄砧の上に置て、力有る人を撰て、鎚(つち)を以て打たしむ。而るに、砧・鎚共に陥(くぼ)むと云へども、舎利、塵許も損じ給ふ事無し。其の時に、国王、此れを見て、大きに信伏して、礼拝恭敬し給ふ事限無し。

其の後、三蔵に問給はく、「此れ実の仏舎利也。我れ愚にして、度々び疑ひ奉けり。速に心を至して恭敬供養し奉るべし。而るを、何(いづくにか)安置し奉るべき」と。三蔵、申し給はく、「寺を造て、舎利を安置し給ふべし」と。国王、三蔵の申し給ふに随て、忽に寺を造て、舎利を安置し奉り給ふ。

其の寺の名をば、建初寺と付たり。其の国に始めて造れる寺なれば、かく付たる也。亦、此れより、其の国の仏法始まれりとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「玉有リノ下諸本驚テ壺ノ内ヲ見給フニトアリ」
text/k_konjaku/k_konjaku6-4.txt · 最終更新: 2018/04/22 15:39 by Satoshi Nakagawa