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今昔物語集

巻6第32話 震旦僧霊幹講花厳経語 第卅二

今昔、震旦の□1)の代に一人の僧有り。名を霊幹と云ふ。常に華厳経を講ず。遠近の人、皆来て、此れを聞く。

而る間、開皇十七年と云ふ年、霊幹、身に重き病を受て、忽に死ぬ。其の後、活(いきかへり)て、語て云く、「我れ、兜率天に上り行て、休・遠、二人の法師を見るに、並て華の台に坐して、光明を放て、我れに語て云く、『汝ぢ、我が諸の弟子と共に、此の天に生るべし』と教へき」と語る。

其の後、同十八年に、病を受く。霊幹、常に華厳に心を懸て、蓮華蔵世界を観じ、及び、兜率天宮を感ずるに依て、病に至る時も、眼を上に見て、人に向ふ事久しからず。

其の時に、童真と云ふ僧有り。霊幹が病を訪はむが為に来て、傍に有り。霊幹、童真に語て云く、「忽に青衣の童子、此の所に来て、我れを兜率天宮へ引く。我れ思はく、『天の楽は猶久しからずして、遂に輪廻に堕ぬ。然れば、只、蓮華蔵世界を期すべき也』」と云ふ。童真、此れを聞て、暫く有て、霊幹に問て云く、「今、何れの所をか見る」と。霊幹、答へて云く、「大水遍満せる中に華有り。車輪の如し。霊幹、其の上に坐して、願ふ所満足しぬ」と云て、久しからずして気絶ぬ。

此れ、開皇十八年の正月に、寺にして命終ぬる也。年七十八也。即ち、終南の陰にして火葬せりとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「震旦ノノ下隋トアルベシ」
text/k_konjaku/k_konjaku6-32.txt · 最終更新: 2016/11/01 21:48 by Satoshi Nakagawa
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