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今昔物語集

巻6第31話 天竺迦弥多羅花厳経伝震旦語 第卅一

今昔、天竺の執師子国1)に一人の比丘有けり。名を迦弥多羅と云ふ。第三果を得たる人也。震旦には、其の名を能支と云ふ。

震旦の□2)の代に、麟徳の初めに震旦に来て、聖跡を尋て、普く諸の名有る山、及び、諸の寺に至る。遂に、京西の大原寺と云ふ寺に至て、諸の僧に語て、花厳経を伝ふ。

寺の僧羅、問て云く、「此れは何等の経ぞ」と。能支、答て云く、

「此れは此れ大方広仏花厳経也。此の土に、亦、此の経、在ますや否や。若し、此の経の題目を聞奉る人は、決定して四悪趣に堕る事無し。此の経の功徳、不思議也。汝達等、当に知るべし。我れ、此の経の不思議を語て、聞かしめむ。

西国の伝に云く、昔、比丘有て、『華厳経を読み奉らむ』と思て、先づ手を洗はむが為に、水を以て掌に受るに、其の水の灑ぎたる所に、数(あまた)の虫有り。其の水の、身に触れたるに依て、命終して、皆天上に生るる事を得たり。何況や、此の経を受持・読誦・解説・書写せらむ人の功徳、思ひ遣るべし。

亦、昔聞きき、優填国の東南二千余里に一の国有り。名を遮拘盤と云ふ。其の国の城の辺に、一の伽藍有り。其の中に一人の比丘有りて、大乗花厳経を読み奉れり。其の国の王、及び大臣、此れを供養す。其の時に、夜る忽ちに大きに光明有て、城の内を照す。王、驚き怪しむ程に、其の光明の中に、百千の天衆有て、種々の天衣、諸の宝の瓔珞を以て、王、及び此の比丘に施す。其の時に、王、及び比丘、問て云く、『此れ、誰の天の、何の故有て、此の如く施すぞ』と。天、答て云く、『我等は、此れ、此の伽藍の辺に有りし虫也。沙門の花厳経を読み奉らむが為に、水を以て掌に受て、手を洗ひ給ひしに、水の灑ぐ所に有りし虫也。其の水を身に触れたるに依て、我等、命を捨てて、忉利天に生れたり。天に生れぬれば、自然(おのづから)に本の縁を知れるが故に、我等、来り下て、恩を報ずる也』と云て、還り昇ぬ。王、天の言を聞て、悲び喜て云く、『我が国には、偏に大乗を流布して、小乗を留むべからず』と。其れより以来(このか)た、彼の王、大乗を敬ひ貴ぶ事限無し。

諸の比丘有て、此の国の境に入る者、若し小乗を学すれば、即ち去らしめて、更に国の留めず。于今、其の事改めず。王の宮の内には、華厳3)・摩訶般若4)・大集5)・法花6)等の経十二部、并に十万の偈有て、王、自ら此れを受持す。此の如き等の事、甚だ多し」となむ、能支、語り聞かせける。

然れば、寺の僧等、皆此れを聞て、深く信を発して、華厳経を受持・読誦・解説・書写し奉りけりとなむ、語り伝へたるとや。

1)
現在のスリランカ
2)
底本頭注「震旦ノノ下唐トアルベシ」
3)
花厳経
4)
摩訶般若波羅蜜多経
5)
大方等大集経
6)
法華経
text/k_konjaku/k_konjaku6-31.txt · 最終更新: 2016/11/01 18:45 by Satoshi Nakagawa
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