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今昔物語集

巻6第2話 震旦後漢明帝時仏法渡語 第二

今昔、震旦の後漢の明帝の時に、天皇、夢に見給はく、金色の人の長一丈余許なる来ると。

夢覚て後、智(さと)り有る大臣を召して、此の夢の相を問給ふ。大臣、申して云く、「他国より、止事無き聖人来べき相也」と。天皇、此れを聞給てより、心に係て待給ふ間に、天竺より僧来れり。名をば、摩騰迦・竺法蘭と云ふ。仏舎利、及び正教、多く具し奉たり。即ち、天皇に奉る。天皇、此の人を待ち得給て、心に喜て、帰依し給ふ事限無し。

其の時に、此の事を受けぬ大臣・公卿、多かり。何況や、五岳の道士と云ふ者、其の数有り。「我が立る道を以て、国王より始奉り、人民に至るまで、国の内の上中下の人、皆此の道を止事無き事として、古より今に至るまで、国挙て崇めらるるに、忽に異国より来れる、形も替り衣服も異なる、心も得ぬ者の、由無き文共を具して来れるを、天皇、崇めしめ給ふは、極て安からぬ事」と思て、歎き合へる也。世にも、亦、此れを謗るなるべし。

然りと雖も、天皇、此の摩騰法師を懃(ねんごろ)に崇て、帰依し給て、俄に別の寺を起給ふ。其の寺の名をば、白馬寺□1)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□付れたる也。

天皇、此の寺を起てて、仏舎利、及び正教を納め給ひ、摩騰法師を其の寺に住ましめて、専らに帰依せむと為るを、此の道士、此れを見て、「極て安からず、嫉き事」と思て、天皇に申して云く、「異国より奇(あや)しの禿(かぶろ)の由無き事共を書き継けたる文共、及び仙人の骸などを持渡せるを、かく崇めらるる、極て奇異の事也。彼の禿、何許(いかばかり)の事か有らむ。我等が立つる道は、過ぎにし方・今来たるべき事を占て知り、人の形の有様を見て、行く前に有るべき身の上の善悪を相し、新たなる神の如くなる道也。然れば、古より今に至るまで、天皇より始め奉り、国の上中下、此の道を以て止事無き事と崇まるるに、今、既に棄てられぬべく見ゆれば、此の禿に値て、力競をして、勝む方を貴び、負む方を棄てらるべき也」と申す。

天皇、此の事を聞給ふに、胸塞て、歎き思す、「此の道士の立る道は、天の事をも、地の事をも、善く勘へ出して知る道也。異国より来れる僧は、未だ善悪を知らねば、極て不審(おぼつかな)し。術を競べむに、若し天竺の僧負なば、極て悲かるべし」。

然れば、「速に競ふべし」とも宣はずして、先づ摩騰法師を召して、仰せ給ふ様、「此の国に、本より崇めらるる五岳の道士と云ふ者共は、嫉妬の心を発して、此の如き申す。何なるべき事ぞ」と。摩騰法師、答て云く、「我が持(たも)つ所の法は、古より術競をして、人に崇めらるる事也。然れば、速に此の度び合せて、勝負を御覧ずべし」と申して、喜ぶ事限無し。天皇も、此れを聞て、亦喜び思(おぼ)す。日を定て、速に摩騰法師と道士と、殿の前の庭にして術競有るべき由、宣旨を□□2)

其の日に成て、国挙て、上中下の人、見る事限無し。東の方には、錦の幄を長く起てて、其の内に止事無き道士、二千人許並居たり。髪□□3)年老たる者共も有り。或は、若く盛なる者共も有り。各才を営み立てて、古に恥ぢず。亦、大臣・公卿・孫子4)・百官、皆道士の方に寄れり。文書に付て、勘へ出して為る事共の実に顕はに、三世の事共を知る様に持成せば也。摩騰法師の方には、只大臣一人寄れり。其の外には、更に寄れる人無し。但し、天皇を心寄せに思ひ給ひけり。

道士の方には、給の箱共に、立る所の文共を入れて、荘(かざ)れる台に居へ並めたり。亦、西の方に、錦の幄を打て、其の内に摩騰法師一人・大臣一人居たり。其れにも、瑠璃の壺に仏舎利を入れ奉れり。亦、荘れる箱共に、渡し奉れる所の正教を入れ奉れり。僅に二三百巻許也。

此の如くして、各術を待つ程に、道士の方に申して云く、「摩騰法師の方より、道士の方の法文共に、火を付くべし」と。然れば、云ふに随て、摩騰法師の方より、弟子一人出来て、火を打て、道士の方の法文に火を付けつ。亦、道士の方より、一人の道士来て、摩騰法師の方の法文に火を付つ。然れば、共に燃え合ひぬ。焔盛にして、黒き煙、空に昇る。

而る間、摩騰法師の方の仏舎利、光を放て、空に昇り給ふ。聖教も同く仏舎利に具して空に昇り給て、虚空に在ます。摩騰法師は香炉を取て、目暫くも捨てずして居たり。道士の方の法文は、一時に皆な焼畢て、灰と成ぬ。

其の時に、諸の道士、或は、舌を食ひ切りて□□5)有り。或は、血の涙を出し、或は、鼻より血を出し、或は、息□□6)死ぬ。或は、座を立て走り、或は、摩騰法師の方に渡て弟子に成り。或は、悶絶躃地して肝を失ふ。是の如く、不思議の事共を現ず。

其の時に、天皇、此れを見給て、涙を流して、座を立て、摩騰法師を礼し給ふ。其の後、法文・正教、漢土に弘まりて、于今盛り也となむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「白馬寺ノ下一本トトノミアリ」
2)
底本頭注「宣旨ヲノ下一本賜ルニ作リ又一本下シニ作ル」
3)
底本頭注「髪ノ下一本長クニ作リ又一本白クニ作ル」
4)
底本頭注「孫子ノ二字誤アラン」
5)
底本頭注「切リテノ下一本死ルニ作リ又一本居ルニ作ル」
6)
底本頭注「息ノ下一本絶テニ作ル」
text/k_konjaku/k_konjaku6-2.txt · 最終更新: 2016/10/06 22:36 by Satoshi Nakagawa
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