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今昔物語集

巻6第13話 震旦李大安依仏助被害得活 第十三

今昔、震旦の隴西に、李の大安と云ふ人有けり。工部尚書大亮と云ふ人の兄也。武徳の間に、弟の大亮は、越州の総官に任じたり。兄の大安は、京より省行く間、弟の大亮、従者数人を兄の大安が共に送り遣る。大安、禁州1)の鹿橋に至て、旅に宿せり。

而るに、其の従者の中に、「大安を殺さむ」と思て、夜に至て眠るを伺ふ者有りけり。大安、此れを知らずして眠る時に、彼の従者、窃に寄て、刀を以て大安が頭を刺し洞(とほ)す。刀を床に突付て、抜かずして逃ぬ。

其の時に、大安、驚き悟て従者を呼ぶ。従者、寄て此れを見て、刀を抜かむと為るに、死なむとす。従者、先づ紙筆を取て、此の事を記して、県の官に訴へむが為に大安に告ぐ。大安、書を記して、県の官の所に送る。

県の官等、即ち来て、此れを観る。其の刀を抜て、瘡を洗て薬を以て付るに、大安、既に死入ぬ。

大安、夢を見るが如し。一の者を見る。長さ一尺余許、弘く厚き事四・五寸、其の形、赤くして肉に似たり。地を去れる事二尺許して、外より入来て、床の前に至る。其の者の中に、音有て云く、「忽に我が肉を返せ」と。大安の云く、「我れ、更に赤き肉を食はず。何に依てか、汝ぢ、我に負する」と。其の時に、門の外に音有て云く、「此れ錯(あやま)れり。非ざる也」と云ふに、此の者、返て門より出でて去ぬ。

亦、大安、寄て、庭の前を見るに、清浄なる池有り。水清くして浅し。此れを見るに目出たし。池の西の岸の上に、金の仏像在ます。高さ五寸也。即ち、漸く大きに成り給て、化して僧と成り給ひぬ。緑の袈裟の、新く清気なるを着給へり。大安に語て宣はく、「汝が身、既に傷はれたり。我れ、今、汝が為に、善く痛みを去らしめむとす。汝ぢ、平愈して、家に返て、速に仏を念じ善を修せよ」と宣て、手を以て頭の疵を撫でて、去り給ひぬ。

大安、即ち、其の形の有様を記するに、僧の背を見るに、紅の繒(かとり)を以て袈裟を綴れり。弘さ方寸許也。甚だ鮮に見ゆ。

其の後、大安、悟活(いきかへり)て、疵痛む事無くして、起居て飲食例の如く也。其の間、其の所に十日有り。

而る間、京に有る子息・弟、并に眷属等、皆来て迎て、家へ将返ぬ。大安、家に返て、従者の為に傷れし由、亦、僧の夢に見え給ひし事等を妻子・眷属に具に語る。

其の時に、一人の従女有て、傍に居て、大安が語る言を聞て云く、「君、出給て後、君の御為に、家室在まして、婢を2)使として仏師の許に遣て、仏を造らしめき。既に造り畢て、衣を画(えがか)するに、一点の朱筆、誤て仏の御背の上に付けり。即ち、仏師の許に遣て、此の一点の朱筆を消さしむるに、仏師、此れを受けずして、消さざりき。然れば、猶、其の朱点、仏の御背に有り。此れを思ふに、君の語り給ふを聞き合するに、『偏に此の仏3)の助け給たる也けり』と思ふ也」と云ふを聞て、大安、妻子并に家の人と共に詣でて、仏像を見るに、夢に見えし所の如し。其の朱点、鮮にして、綴れりし所違ふ事無し。

然れば、大安、仏を恭敬礼拝し奉て、其れより後、深く仏法を信じて、善を修しけりとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「禁一本穀ニ作ル」
2)
底本頭注「婢ノ上一本道路ツツガナカラム為トアリ」
3)
底本頭注「仏一本仏像ニ作ル」
text/k_konjaku/k_konjaku6-13.txt · 最終更新: 2016/10/18 21:52 by Satoshi Nakagawa
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