text:k_konjaku:k_konjaku5-23
今昔物語集
巻5第23話 舎衛国鼻欠猿供養帝釈語 第廿三
今昔、天竺の舎衛国に一の山有り。其の山に一の大なる樹有り。其の樹に千の猿住ぬ。皆心を一にして、天帝釈を供養し奉けり。
其の猿、九百九十九は鼻無し。今一の猿は、鼻有り。此の諸の鼻無き猿、集て、一の鼻有る猿を咲ひ蔑(あな)づる事限無し。「汝は此れ片輪者也。我等が中に交はるべからず」と云て、同所にも居らしめず。
然れば、此の一の猿、歎き侘る程に、九百九十九の猿、種々の珍菓を備へて、帝釈に供養し奉つるに、帝釈、此れを受給ずして、此の一の鼻有る猿の供養の物を受給ひつ。
其の時に、九百九十九の猿、帝釈に向て申さく、「何の故有てか、我等が供養を受給はずして、片輪者の供養を受給ふぞや」と。帝釈、答て云く、「汝等九百九十九は、前世に法を謗たる罪みに依て、六根を全く具さずして、鼻無き果報を得たり。此の一の猿は、前生の功徳に依て、六根を全く具せり。只、愚痴にして、師を疑ひしに依て、暫く畜生の中に生れたる也。速に仏道に入1)。汝等、九百九十九は片輪者として、麗しき者を咲ひ蔑る也。此れに依て、我れ、汝等が供養の物を受けず」と。
此の事を聞て後より、九百九十九の猿、我が身の根の欠たる事を観じて、一の猿を咲ひ蔑る事絶にけり。
此の譬を以て、懈怠放逸なる衆生の、精進持戒の人を誹謗するに准へて、仏の説き給ふ也けり。亦、世の人の、「鼻欠猿」と云は、此の事を云ふぞ、語り伝へたるとや。
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底本頭注「入ノ下脱文アラン」
text/k_konjaku/k_konjaku5-23.txt · 最終更新: 2016/10/01 16:54 by Satoshi Nakagawa