今昔物語集
巻4第36話 天竺安息国鸚鵡鳥語 第卅六
今昔、天竺の安息国の人、愚痴にして仏法を悟らず。其の時に、国の中に鸚鵡鳥出来たり。其の色、黄金にして白く青し。此の鳥、物を云ふ事、人の如し。然れば、国王・大臣、及び諸の人、此の鳥を興じて、物を云はしむ。
此の鳥、肥たりと云へども、気力の弱気也。然れば、諸の人、「此の鳥は、食する物の無きに依て、弱気なる也」と思て、鳥に問て云く、「汝、何物をか食と為る」と。鳥、答て云く、「我れは阿弥陀仏と唱ふるを聞くを以て食として、肥え気力強く成る也。我れ、更に其の外の食無し。若し、『我れを養はむ』と思はば、『阿弥陀仏』と唱ふべし」と。此れを聞て、国の人、男女・貴賤、競て「阿弥陀仏」と唱ふ。
其の時に、鳥、気力強く成て、漸く空の中に飛び昇て、地に返て、鳥の云く、「汝等、『目出たき所の、豊なるを見む』と思ふや否や」と。諸の人、「見むと思ふ」と答ふ。鳥の云く、「若し、『見む』と思はば、我が羽に乗るべし」と。諸の人、鳥の云ふに随て、皆其の羽に乗ぬ。
鳥、「尚、我が力、少し弱し。『阿弥陀仏』と唱て、我に力を付よ」と云ふに随て、此の乗れる者共、「阿弥陀仏」と唱ふるに、鳥、即ち虚空の中に飛び昇て、西方を指て、遥に去ぬ。
其の時に、国王・大臣、及び諸の人、此れを見て、「奇異也」と思て云く、「此れは、阿弥陀仏の鸚鵡鳥と化作して、辺鄙の愚痴の衆生を引接し給へる也けり」と云ふ。鳥、亦返る事無ければ、乗れる人、亦返らず。
「豈に此れ現身の往生に非ざらむや」と云て、即ち其の所に寺を起たり。名を「鸚鵡寺」と付たり。其の寺らにして、斎日毎に阿弥陀の念仏を修してけり。其の後よりぞ、安息国の人、少し仏法を悟り、因果を知て、浄土に往生する者多かりける。
然れば、阿弥陀仏は、心を発して念奉らざる衆生そら引接し給ふ事、此の如し。況や、心を至して念じ奉らむ人、極楽に参らむ事、疑ひ有らじとなむ、語り伝へたるとや。