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今昔物語集
巻4第29話 天竺山人見入定人語 第廿九
今昔、天竺に一の山有り。峰峻(さか)しき事限無し。
仏1)、涅槃に入給て後に、其の山、雷震の為に崩たり。山人、其の所を過るに、一人の比丘を見る。身枯僂して、目を冥(つぶり)て居たり。鬢髻2)、肩面の生ひ下たり。山人、此れを見て、驚き怪むで、国王に此の由を申す。
国王、此れを見むが為に、自ら大臣・百官を引将て、其の所に行給て、礼拝して供養し給ふ。国王の宣はく、「此の人を見るに、極て貴し。此れ、誰人ぞ」と。一人の比丘有て、申して云く、「此れは、出家の羅漢の滅尽定に入れる也。多の年を積れり。此の故に、鬢髪長き也」と。国王の宣はく、「何にしてか、此の人を覚(さま)し驚かしめて、其れを起しめむ」と。比丘、申して云く、「段食(だんじき)の身は、定より出れば、即ち其の身破れぬ。然れば、撃て覚(さと)らしめば、起くべし」と。
其の時に、国王、其の語に依て、此の人の身に乳を灑て、椎を撃たしむ。其の時に、羅漢、目を見開て云く、「汝達は誰人ぞ。形は卑くして、法服を着せり」と。比丘、答て云く、「我は比丘也」と。羅漢の云く、「我が師の迦葉波如来3)は、今何こにか御する」と。比丘、答て云く、「涅槃に入給て、久く成り給ひにき」と。此れを聞て、羅漢、哀び歎く。
其の後、亦云く、「釈迦文仏4)は正覚成り給ひにきか」と。比丘、答て云く、「既に正覚成り給ひて、多の衆生を利益して、其れも涅槃に入給ひにき」と。羅漢、此の事を聞畢て、眉5)を垂て、良(やや)久く有て、手を以て髻を挙て、虚空に昇て、大神変を現じて、火を出して、自ら身を焼て、骨髄を地に落す。
其の時に、国王、諸の人と共に、此の骨を取て、率覩婆を起てて、礼して還り給ひにけりとなむ、語り伝へたるとや。
text/k_konjaku/k_konjaku4-29.txt · 最終更新: 2016/08/18 16:15 by Satoshi Nakagawa