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text:k_konjaku:k_konjaku31-30

今昔物語集

巻31第30話 尾張守□□於鳥部野出人語 第三十

今昔、尾張の守□□の□□と云ふ人有けり。其の□□にて有ける女有けり。歌読の内にて、心ばへなども糸可咲くて、男なども為でなむ有ける。

尾張の守、此れを哀て、国に郡など預けて有ければ、便り有てなむ有ける。子二三人有けるは、母にも似ず、極たる不覚の者にて有ければ、皆外の国へ迷ひ失にけり。其の母は年老て衰ければ、尼に成にけるに、後には尾張の守も問はず成にけり。畢てには、兄也ける者に懸りて過ける間に、堪難き事多かりけれども、本より有識なる者にて、弊(いやし)き事をば為ずして、尚身を持上て、心悪1)を造て過しける程に、身に病付てけり。

日来を経るままに、病の筵に沈むで、気色不覚に見えければ、兄有て、「家にては殺さじ」と思て、家を出しければ、其れをも「我れをば為る様有らむ」と思て、昔の共達にて有ける者の清水の辺に有けるが許に、其れを打憑むで、車に乗て行たりけるに、憑て行たる所にも人ひ返して、「此にては否(え)殺さじ」と云ければ、「何がせむ」とて、鳥部野に行て、浄げなる高麗端(べり)の畳を敷て、其れに下居ければ、極く和(やはら)ぎ哀れ也ける思にて、塍(くろ)の影に隠れて、引疏(ひきつくろひ)てぞ畳に居たりける。然て、畳に寄臥けるを見て、従者にて有ける女は返にけり。哀なる事になむ、其の比、人云ける。

「此れは慥なる人なれども、糸惜ければ書かず」とぞ、人云し。彼の尾張の守の妻か妹か娘か知らず。「何で有とも、極く口惜く問はざりける事」とぞ、聞く人謗りけるとなむ語り伝へたるとや。

1)
「にく」底本異体字。りっしんべんに惡
text/k_konjaku/k_konjaku31-30.txt · 最終更新: 2015/04/29 10:59 by Satoshi Nakagawa