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今昔物語集

巻30第11話 品不賤人去妻後返棲語 第十一

今昔、誰とは云はず、人品賤しからぬ君達受領の年若き有けり。心に情有て、故々しくなむ有ける。

其の人、年来棲ける妻を去て、今めかしき人に見移にけり。然れば、本の所を忘れ畢ぬ。今の所に住ければ、本の妻、「踈(う)し」と思て、糸心細くて過ける。

男、摂津の国に知る所有ければ、遊ばむが為に下けるに、難波辺を過ける程に、浜辺の糸おもしろ1)きを見行(みあるき)けるに、蛤の小(ささ)やかなるに、海松の房やかにて生出たりけるを見付て、「此れ極く興有物也」と思て、取て、「此れを我が去難く思ふ人の許に遣て、見せて興ぜさせむ」と思て、小舎人童の然様の方に心得て仕けるを以て、「此れ慥に京に持行て、彼(かしこ)に奉れ。『此れが興有る物なれば、見せ奉らむとてなむ』と申せ」と云て遣ければ、童、此れを持て行て、思ひ違へて、今の所へは行持2)ずして、本の妻の家に持行て、「此なむ」と云ひ入たりければ、本の妻、糸思ひ懸ぬ程に、此く興有る物をさへ遣(おこ)せて、「此れ、我が上(のぼる)まで失はで御覧ぜよ」と云ひ遣せたれば、「殿は何(いづこ)に御ますぞ」と問ずれば、童、「摂津の国に御ますに候ふ。其れに、難波辺にて、此れは御覧じ付たる物を奉らせ給ひたる也」と云へば、本の妻、此く聞くに、「怪く僻事に所違へに持来たるにや有らむ」と思へども、取り入れて、「然承りぬ」と許云せたれば、童、即ち走り返て摂津の国に行て、主に、「慥に承り候ひぬ」と云へば、主は、「今の所に持行たるぞ」と知て有けるに、彼の本の所には、此れを見るに、実の興有る物なれば、盤に水を入れて前に並て、此れを入れて興じ見居たりけり。

而る間、男、十日許有て、摂津の国より返り上て、今の妻に、「何(いつ)しか彼の奉りし物は侍りや」と、打咲て云ければ、妻、「遣たり物やは有し。其れは何物ぞ」と云ければ、男、「否や小き蛤の可咲気なるに、海松の房やかに生出たりしを、難波の浜辺にて見付て見しに、興有る物也しかば、急ぎ奉りしは」と云へば、妻、「更に然る物見えず。誰を以て遣せ給ひしぞ。持来たらましかば、蛤は焼て食てまし。海松は酢に入れて食(くひて)まし」と云ふに、男、聞くに、思ひに違て、少し心月無き様也。

然て、男、外に出て、遣せし童を呼て、「汝は有し物をば、何に持行にしぞ」と問へば、童、思ひ違へて本の所に持行たる由を云へば、主、大きに嗔て、「速に其れ取り返して、只今来」と責れば、童、「極き錯をもしてけるかな」と思ひ驚て、本の所に走り行て、此の由を云ひ入(いれさ)せたりければ、本の人、「然ればこそ、所違へ也けるにこそ」と思て、水に入て見けるを、急ぎ取上て、陸奥紙に裹て返し遣けるに、其の紙に此くなむ書たりける。

  あまのつとおもはぬかたにありければみるかひなくもかへしつるかな

と。

童、此れを持行て、此く持参たる由を云ければ、主、外に出て、此れを取て見るに、本の様にて有れば、「糸喜く失はずして有ける」と、心悪3)く思て、内に持入て披て見れば、裹紙に此く書たり。

男、此れを見るに、糸哀れに悲くて、今の妻の「貝は焼て食てまし。海松は酢に入れて食てまし」と云し事思ひ合はされて、忽に心替て、「本の所に行なむ」と思ふ心付にければ、やがて其の蛤を打具して行にけり。

定て、其の今の妻の云し事、本の妻に語りける4)。然て、今の妻をば忘れて、本の所になむ住ける。

情有ける人の心は、此なむ有ける。現に今の妻の云けむ事、踈みてむかし。本の妻の情には、必ず返り棲むべき事也けりとなむ語り伝へたるとや。

1)
底本言偏に慈
2)
底本ママ
3)
「にく」底本異体字。りっしんべんに惡
4)
底本頭注「語リケルハ語リケムノ誤カ」
text/k_konjaku/k_konjaku30-11.txt · 最終更新: 2015/04/06 15:36 by Satoshi Nakagawa
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