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text:k_konjaku:k_konjaku3-7

今昔物語集

巻3第7話 新竜伏本竜語 第(七)

今昔、天竺の大雪山1)の頂に、一の池有り。其の池に、一の竜住ぬ。其の時に、一人の羅漢の比丘有り。此の竜の請を得て、供養を受むが為に、縄床に居乍ら空を飛て、日毎に竜の栖(すみか)に行く。

然る間、羅漢の弟子に、一人の小沙弥有り。師の此の如く竜宮へ行くを見て、師に云く、「共に竜の栖に行かむ」と。師の云く、「汝は未だ覚(さと)り無き者也。竜の所に行なば、必ず悪き事有りなむ。更に具すべからず」と云て具せず。

然る間、此の沙弥、師の竜の所へ行く時、密に居たる縄床の下に取付て、隠て行ぬ。師、既に竜の所に至て、弟子沙弥を見て、希有の思を成す。

竜、羅漢を供養するに、香味の美食を以て供養す。弟子の沙弥には、例の人の食を以て与ふ。弟子、此れを食して、「師の供養をも皆同じ食物ぞ」と思て食しつれば、師の食物の器を洗ふ間、其の器に付たる粒を取て食するに、味ひ甚だ美也。更に我が食物に似ず。此れに依て、沙弥、忽に悪心を発して、師を恨る事限無し。亦、竜を妬むで思ふ様、「我れ、悪竜と成て、此の竜の命を断て、此の所に住て、王と成む」と願ひ畢て、師に随て、本の栖に還て、誠の悪心を発して、「悪竜と成む」と願ふに、其の夜を過ぎず死ぬ。願の如く、即ち悪竜と成ぬ。

然れば、今の竜、本の竜の栖に行て、思ひの如く竜を制伏して、其の所に住みぬ。師の羅漢、此の事を見て、歎き悲むで、其の国の大王、迦膩色迦王の御許に行て、此の事の終始を申すに、大王、此の事を聞き、驚て、忽に彼の池を填め給ふ。

其の時に、悪竜、大に怨を成して、沙石を雲の如く下(くだせ)り。荒き風、木を吹き抜き、雲霧降り覆て、暗夜の如く成る。

其の時に、大王、嗔て、二の眉より大に烟焔を出す。然れば、悪竜、恐れて、忽ち怨止ぬ。此れに依て、大王、此の池の跡に伽藍を建てたり。悪竜、尚怨の心失はずして、伽藍を焼つ。大王、重て伽藍を建たり。塔・率都婆を建てて、其の中に仏の骨肉舎利一升を安置し奉れり。

其の時に、悪竜、婆羅門の形と成て、大王の御許に来て云く、「我れ、悪心を止めて、今より本の心有らじ」と。然れば、伽藍にして犍椎を撃に、竜、其の音を聞て、「悪心を止てむ」と云ふ。

然りと雖も、猶ともすれば雲の気、常の其の所に出来る也となむ語り伝へたるとや。

1)
ヒマラヤ山脈
text/k_konjaku/k_konjaku3-7.txt · 最終更新: 2016/06/25 19:08 by Satoshi Nakagawa